2017/05/14

世界がイ・ランを待っている、けどね



新代田環七フェスティバル」の一環で、新代田FEVERでイ・ランのライブがあるというので見てきた。実に4年ぶり。本当は昨年のツアーでも見る予定だったのに仕事で行けなくなってしまい涙を呑んでいたので、このタイミングで見ることができたのはありがたかった。

ここ日本でも大好評のセカンドアルバム『神様ごっこ』からも十分にその片鱗はうかがえたが、それにしても、以前とは見違えるような堂々たるパフォーマンス。そして、変わらぬユーモア! ああ、『神様ごっこ』リリースの際のおまけ冊子に寄稿したコラムにつけたタイトル、「世界がイ・ランを待っている、けどね」は伊達じゃなかった。やりよる、私。いや、イラン。

というわけで、おまけ冊子もリリース早々に捌けてしまったそうなので、以下に原稿を転載しておきます。

■世界がイ・ランを待っている、けどね
九龍ジョー

その店はソウルの新村駅から高級マンションと古い商店の立ち並ぶ緩やかな坂を少しくだったところ、途中で開発が投げ出されてしまったようななにもない空き地の一角にひっそりとあった。

名前は「カーリー・ソル」。店に入って数十秒で東京のインディバンド、ホライズン山下宅配便のCDが壁に立てかけてあるのを見つけた。ほかにも片想いの7インチやasunaのアルバムも。

日本語の堪能な店主のラフに、「日本の渋谷にこの店とそっくりな『なぎ食堂』っていうお店があるよ」と言うと、「ええ、小田さん(なぎ食堂店主)には大変お世話になってます」ときた。たしかによく見れば、店内には小田とエディターチーム・mapを組む福田教雄が編集するリトルマガジン、『Sweet Dreams』のバックナンバーもすべて揃っている。

中庭に見覚えがあった。エクスペリメンタルなフォークシンガー、イ・ランのミュージックビデオ「Propeller」のロケ場所だ。ローザスにも似た少女たちのコンテンポラリーなダンスが気になって、その映像は何度も見ていた。その場で、彼女のアルバム『ヨンヨンスン』を購入していると、ヘリコプター・レコーズ総帥のパク・ダハムがガールフレンドを連れてお茶をしにやってきた。さっきから店内には、東京のインディバンド・うつくしきひかりのCDが流れている。

初めてイ・ラン本人と会ったのは、それから帰国して、2ヵ月ぐらい経ってからのこと。ソウルのインディバンド・404と、ハウスミュージシャン・Yamagata Tweaksterが来日するのにあたり、彼女も一緒についてくるという。便乗して、四谷の知り合いのスナックで弾き語りライブをやってもらった。

昼下がりの時間帯、イ・ランの朴訥とした演奏は、荒木町の地下にあのカーリー・ソルの中庭みたいなしゃっきりした空気を運んできた。キム・イルドゥのカバーもよかったな。この日、ぼくは小さなデモに参加し、イ・ランの弾き語りを堪能し、夜は幡ヶ谷フォレストリミットで404とYamagata Tweaksterのライブを観た。手帳をめくってみる。2013年の6月30日だ。とてもよい日だった。

あれからイ・ランはどこでぼくらの友達、タッツと知り合ったのかな? タッツが働いてた阿佐ヶ谷Rojiに遊びに来ているのを、Ustreamで見たような気がする(すごい時代だ)。

それからしばらくして、ホライズン山下宅配便の黒岡まさひろが、Rojiで「新曲の部屋」というイベントを始めたので遊びに行った。どついたるねんのワトソンがゲストで、妙にガチな空気が緊張感ばかりをもたらす、アルコール抜きにはとても楽しめない即興での作曲イベント。めっぽう面白かった。でも、ほどなくして、イ・ランがソウルで「新曲の部屋」のオマージュ企画をやるらしいと聞いたときには、「まさか!」と思ったけどね。気づいたときには、黒岡がソウルに飛んでいた。

いや、そんなことを言ったら、こんどはイ・ランのアルバムの日本盤が福田のレーベル「Sweet Dreams Press」から出るというではないか。

リビングで彼女のニューアルバム『神様ごっこ』のサンプル盤を聴いていると、遠くから妻が「『GIRLS』観てるの?」と聞いてくる。意味がわからないかもしれないが、『GIRLS』はアメリカのテレビドラマで、毎回、劇中で良質なUSインディミュージックが流れるのだ。

たしかに、とひとり合点する。文学やポップカルチャーや毎日の気がかりを軽やかに結い上げるイ・ランのセンスは、レナ・ダナムに匹敵すると。世界がイ・ランを待っている! だけど、イ・ランは行きたいところに行くし、やりたいことをやるんだろうな。それがいいと思う。

(『神様ごっこ』初回特典冊子「イランのこと」所収)

ちなみに、イ・ランを含む韓国インディの現状を取材したルポルタージュが拙著『メモリースティック』に収録されていますので、興味のある方はぜひ。