2015/09/22

メモリースティック



そういえばここで紹介するのを忘れていた拙著『メモリースティック』。DU BOOKSより税抜1,600円で発売中でございます。
すばらしい装幀は田部井美奈さん、装画は松井一平さんが手がけてくれました。
そして、オビには敬愛する水道橋博士と佐々木敦さんが一文を寄せてくださいました。
本当にありがたいことです。

『メモリースティック』には2005年から2015年に書かれた原稿が収められており、その多くはまさに佐々木敦さんがオビ文に書いてくださったように、なにかこれから起ち上がろうとするものの萌芽や胎動を捉えるべくして書かれたものです。
実際、この半年だけでも、ここに登場する人たちがおもわぬ繋がり方をして新しい状況を切り拓いていることを容易に確認できるのではないかと思います。

いまの時代に「ポップカルチャーについて書く」ことの意味について考えた本でもあります。
「あとがき」からの抜粋と、紹介していただいた媒体情報なども載せておきます(ウェブで読めるものについてはリンクを貼っておきました)。
なにはともあれ、手にとってもらえたらうれしいです。

※「あとがき」より抜粋

本書をまとめるにあたって、気をつけたことが二つある。

一つは、サブタイトルに「ポップカルチャーと社会をつなぐやり方」とあるが、社会状況やその変化が作家や作品に影響を与えているという見方はしない、ということ。
社会のあり様を追認するだけの作品はつまらないし、また、作品を社会に対する「註釈」に切り詰めてしまうような鑑賞態度もとりたくないと思った。

つまり本書は、ポップカルチャーを見れば社会の動きがよくわかる、ということを喧伝する本ではない。「つなぐ」という動詞は、あくまで受け手の側の課題としてある。
それゆえ、作家自身が社会性を考慮しているか否か、自覚的であるか無自覚であるかなども問題とはならない。作家にとって社会と無縁に自律していると思われる作品やテーマが、それを受け取った誰かにとっては、日常生活のリアリティや、彼や彼女をとりまく社会状況とシンクロしているように感じられることだってあるだろう。むろん、社会と組んず解れつすることで生み出された作品が、単なる現状追認を越えて、まだ見ぬ未来のヴィジョンを引き寄せることだってある。
そのような可能性を、作家たちの意図に関わらず、抽出しようと試みた。

もう一つは、本書全体をリニアに組み立てるということ。
ここに収められた各原稿は、雑誌掲載時には個別に読まれることを想定して書かれたものだが、言及した人物が時期や場所を変えて何度か交錯することで、やはり本人たちの思惑とは別に、テーマや背景となる街の物語浮かび上がってくるような構成を目指した。

いずれも、うまくいったかどうかは読者の判断に委ねたい。

<書評掲載>
『ele-king』(WEB)
矢野利裕氏「社会は変態の夢を見るか
綾門優季氏「『ぴんときた』は、奇跡だろうか?

『新潮』5月号
杉田俊介氏「憂鬱と星座」

『R25』(WEB)
坂口恭平氏「文化の前に交易がある

『ミュージック・マガジン』4月号
柴那典氏「喧騒をドキュメントするように」

『クイック・ジャパン』vol.119
松永良平氏『わかったつもり』を許さない。九龍ジョーの足取りを追え」

『書標(ほんのしるべ)』3月号
書店員レビュー 「硬直した考えを打ち破る新たな世界観が生まれてきている

『週刊朝日』3月13日号
今田俊氏「魔窟のドアをひとつひとつ開けていくスリルと快感

『テレビブロス』3月7日号
橋本倫史氏「ジャンルを越境し、立位置自体も境界を越える」

『HOUYHNHNM(フイナム)』(WEB)
小林真理氏「“一人カルチャー雑誌”を担う書籍

<対談・鼎談掲載>
『SUBPOKKE』(WEB)
九龍ジョー×直井卓俊+森直人「『メモリースティック』にまつわるエトセトラ

『CDジャーナル』3月号
九龍ジョー×松永良平「『メモリースティック』をめぐって

<インタビュー掲載>
『POPEYE』5月号
『KAMINOGE』vol.39