2011/07/31

揺れる時代の

◆19日から24日まで九州~沖縄と回ってきた。
九州では坂口恭平くんを訪ね、熊本のZERO CENTERへ。
沖縄では、那覇の沖縄大学にて恩師・野本三吉と再会。さらに、その沖縄大学に講演しにきた写真家の石川直樹くんや映像民俗学者の須藤義人さんらと夜の那覇を堪能したり。
他にも、多くの出会いがあった。
これからなにか実を結びそうな予感がしている。


●新政府首相こと坂口恭平とZERO CENTER


●那覇の栄町で見かけた、妖しい美脚

◆24日、沖縄から帰京した足でDDT両国国技館大会へ。
面白かった! 大のオトナが頭からっぼで楽しめる、最高のエンタテインメント。
08年につくらせていただいた高木三四郎さんの自伝『俺たち文化系プロレス DDT』中で、高木さんは「夢は両国国技館。あくまで過程にすぎないけど」と語っていた。それがもう三回目だし、しかも次は日本武道館進出ですよ。シビれるわ~。

◆最近の原稿仕事をば。

・発売中の雑誌「サイゾー」のカルチャーページにて、「揺れる時代の身体表現」と題して吾妻橋ダンスクロッシングからアイスリボン、映画『田中さんはラジオ体操をしない』までを合わせて紹介するというアクロバティックなことをしています。よかったらぜひご覧ください。

・公開中の映画『PEACE』(想田和弘監督)の公式パンフレットにて、「ドキュメンタリー映画を撮る理由」と題した想田和弘×松江哲明対談の取材と構成を担当しています。
『PEACE』はもちろんのこと、ぜひ想田監督の新刊『なぜ僕はドキュンタリーを撮るのか』とも併せて読んでいただければ幸いです。

◆それにしても今月はせわしかった。
でも仕事もなんとか乗り切れたし、被災地(宮城)、九州、沖縄と、いまこの時期に回れた意義は大きかった。

◆まだ見てない方がいたら、ぜひ。

2011/07/16

被災地ボランティア

◆7月11日から14日まで被災地ボランティアに行ってきた。
社会福祉協議会のボランティアセンター経由で、活動場所は宮城県東松島市。
阪神淡路大震災のときも発生から同じく3~4ヵ月で現地に入り仮設住宅の訪問ボランティアをしたので、似たような心持ちでいたら、あのときとはぜんぜん状況が違っていた。
やはり津波の被害が大きすぎる。

内陸のほうは瓦礫や土の撤去も進み、生活の息づかいも感じさせるが、ひしゃげたガードレールや半壊の家屋などところどころに残る津波の爪痕が痛ましい。
行ったのが平日ということもあり、元気な子供たちが目に付いた。
しかし車が大曲浜付近に出たところで息を呑む。
瓦礫以外なにもない光景。腐臭。
この日もまだ警察が行方不明者や遺体の捜索を行っていた。

作業はひたすら側溝のヘドロ掻き出し。
これがなかなかの重労働で、滝のような汗を流しながら、500ミリペットボトルを30分に1本消費してしまう。しかも自分より非力そうな女子が率先して動くため、なかなか休むこともできない……。
被災者の方から差し入れていただいたガリガリ君のありえない美味さよ。


●2日間で3キロも痩せさせてくれたマイ側溝

いくつか仕事も持ち込んでしまっていたのだけど、ほとんど手をつけられず、毎晩9時にはぐっすり就寝してしまった。

帰りはいったん北上し、石巻市へ。
石巻港近辺の壊滅度が凄まじい。とくにニュース映像でも見ていた日本製紙やJR貨物の工場の姿にはカタストロフィを感じざるをえなかった。
瓦礫の撤去もまだまだ。その上、すでに山のごとく積み上がっている一時置き場の瓦礫をどうするかもまだ不明とのこと。
コンスタントに響く重機の音が、かえってその作業の途方もなさを伝えていた。

◆もし東京近辺在住で被災地ボランティアに興味がある方がいたら、受け入れ状況などここのサイトがまとまっていてわかりやすいです。

「ボランティア」って言葉につまずきのある人もいるかもしれないけど、そんなセンシティヴな人からしたら拍子抜けするぐらい身の丈なノリとストレートな作業が待っているので、あまり深く考えずに行ってみるのもアリかと。
そもそもこっちの事情なんて知ったこっちゃないくらい人手を必要としているのも事実だと思うので。