2011/06/23

ついに禁断の…

◆アーバンソング第二夜、および快楽亭ブラック師匠@DOMMUNE、そして土曜のほにゃららパーティに起こしのみなさま、ご協力いただいたみなさま、本当にありがとうございました。すべて首尾よくいきましたのも、みなさまのおかげです。
今後ともなにとぞよろしくお願いします!!

こういうレポートはうれしいですね。

◆最近の原稿仕事をば。

・TOHOシネマズで買えるシアターカルチャーマガジン「T.」(2011夏号)で、想田和弘監督と松江哲明監督による対談を担当しています。「ドキュメンタリー映画」をめぐるかなり濃ゆい内容を1ページにぎゅうっと詰め込みました。

・発売中の「クイック・ジャパン」(2011年8月号)で想田和弘監督の最新作『PEACE』のレビューと、GWに開催された"30代女性の祭典"こと「スカートの裾まつり」のレポートを書いております。

・ばるぼらさんとTAXIMさんが編集したimoutoid追悼冊子「6月のimoutoid」にコメントを寄稿しました。その中でも書きましたが、商業誌でもっとも早くimoutoidの音源を紹介できたことと、追悼文をMJのものと並べさせていただいたことは、雑誌屋としてできる彼への最大限のリスペクトでした。安らかに。
ちなみに冊子は6月25日(土)に六本木SuperDeluxeで開催されるimoutoid追悼イベントで配布されるそうです。

◆以下、ツイッターより抜粋(ついに禁断症状が……)

2011年06月09日(木)
遠藤賢司vs前野健太@晴れたら空に豆まいてに来ました。ロックの日に実現した"エンケン 対 マエケン"の客入れBGMはなぜかダニエル・ラノワ。コンセントレイションってやつか。まもなく開演

2011年06月10日
エンケン対マエケン、数年前に「健祭り」で大橋裕之先生が演った紙芝居のほぼ実写化だった。エンケンの咆哮がすべてという。デカい音はデカく、小さな音は小さく。変わらないなあ。前野健太「東京 2011」は「東京ワッショイ」(昨夜はやらなかったが)のアップデートでもあるということに気づいた

大宮浩一監督『無常素描』試写。3・11から1ヶ月の被災地を、タイトル通りテロップもBGMも使わずスケッチ。被写体との関わりが一方的な「神の視点」が気になったが、この早さで上映する覚悟は感じた。怯えながら生きていく、という玄侑師の言葉が残った



2011年06月12日(日)
表参道ヒルズで開催中の箕浦建太郎川島小鳥の展示へ、原宿の交差点でばったり会った元・小悪魔ageha編集部Nくんを連れて。ミノケン画の天使っぷりがパない! 小鳥くんが「未来ちゃん」でブレイクしましたが、ミノケンにももっと光が当たってしかるべき、と思っているのは僕だけじゃないはず

ミノケンに勧められたワインで酔ってしまったので、てんやで酔い醒まし。これからVACANTの豊田道倫さんの初小説「東京で何してる?」刊行イベントへ向かいます。川本真琴さんとがっつり演るらしく、楽しみです

天丼食って余裕かましてたら(開演時間を間違え)、カンパニー松尾さんによるドキュメンタリーの前半を見逃す。HMV渋谷での「東京で何してる?」から、僕の企画させてもらったアーバンソングでの「2011」の映像で締め。ただいま佐内正史さんを交えてのトーク中。岩淵くん、司会がんばれもっと!

豊田道倫+川本真琴、大人のデュエットでした。この組み合わせでもっと聴きたい。ちなみに川本さんの考えてきた二人のユニット名は「ミチコ」。豊田さんはずっこけてましたが。ラストは三輪二郎を呼び込んでのアコースティック・ザーメンズ。これがまた素晴らしかった。三輪二郎の多幸感が加速している

2011年06月15日(水)
坂口恭平から電話。東京に着いたそうな。なーにが「やっぱいいね、東京は!」だ。というわけで、僕も担当編集として裏方で関わってきましたDOMMUNEの『都市型狩猟採集生活』、明日が最終回です。よろしくお願いします。

2011年06月17日(金)
昨夜の坂口恭平「都市型狩猟採集生活」、見てくださった方ありがとうございます。最終回(模様替えして番組は続きますが)だというので、『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』という本がどういう背景でできたのかを編集者として少しだけ話させてもらいました

2011年06月19日(日)
アーバンソング、リハーサル中。スナックにスティールパンが持ち込まれています。日本、いや世界スナック史上初(日本以外にスナックがあるのか不明ですが)のことかも

2011年06月20日(月)
昨夜「アーバンソング」第2夜にお越しの皆様、ありがとうございました! 最高の演奏をしてくださった松倉さん、渡辺勝さん、高城くん、MCシラフ氏にもホント感謝です。最後のドリカムセッションは楽しすぎでした。第1夜に続き、またも素晴らしい夜でハードル上がってますが、次回は8月頃に!

快楽亭ブラック師匠@ドミューン、ご覧の皆様、会場にお越しの皆様、感謝です! ドキュメンタリー落語「立川談志の正体」と、ブラック落語十八番「イメクラ五人廻し」の二席をお届けしました。師匠が某席亭と揉めた理由がくだらなすぎて最高。次回は秘蔵映像も交えてぜひ!

2011年06月22日(水)
アトリエヘリコプターにてハイバイ「七つのお祈り」観劇。特殊公演というか、工場見学会チックなオムニバス公演。ハイバイのエッセンスを堪能。日常の細かい(時にはしょぼい)サイコロジーがおかしくも愛おしい。「たのしい新生活」は、笙野頼子『居場所もなかった』でしたな。「幻想管理サービス」

2011/06/17

束の間の二日間

◆都会のスナックでたしかな歌を聴きながらグラスと耳を傾けるという贅沢なイベント=アーバンソング、今週日曜です。
これまで体験してきたライブのよい点や、この原稿のエッセンスなどを自分なりに研究して詰め込んでいますので、出演者をご存じない方もぜひ~。

「アーバンソング」#02
2011年6月19日(日)
open 17:00/start 18:00
@スナックアーバン
http://snack-urban.com/
(丸ノ内線「四谷三丁目」4番出口より徒歩2分)

<出演>
高城晶平(cero)&MC.sirafu
松倉如子&渡辺勝

<料金>
¥3000(2ドリンク込)

<予約>
「名前/枚数/電話番号」を以下までお願いします。
urbanuta@gmail.com

◆告知つづきであいすみません。
翌20日(月)には震災直前の3月7日以来、久々に快楽亭ブラック師匠がDOMMUNEに出演。僕もお供をさせていただきます。
師匠が地震に遭ったときの話(そのとき大須演芸場は…!?)や、「原発寄席」などについてもいろいろ聞いてみたいと思います。もちろんブラック落語もたっぷりお届けしますので、ぜひご覧いただければ幸いです。
スタジオ生観覧もありますので、会場へもぜひ。

◆と、その前に、明日もビッグイベントが……。

◆このメドレー(↓)最高。音と画が豪快にずれてるのがまた双葉双一っぽくていい(たんに映像圧縮の問題なんだろうけど)。『涙の小鳥』は名盤だよなあ。

2011/06/05

Jさん&豪さん

◆昼、「Jさん&豪さん」こと杉作J太郎さんと吉田豪さんのトークイベント@新宿ロフトプラスワンへ。
プラスワンの告知に「諸事情により、今回でしばらく開催はないかもしれません」なんていう思わせぶりな記載があったので、これは見届けねばと。
なにげにお二人がタッグでトークイベントを始めるきっかけとなった2005年夏の高円寺あづまフェスティバルから見ているのです。

遅れて会場に入ると、ぼくが戦隊モノ史上最高のかわゆさだと思っているハリケンブルーこと長澤奈央と杉作さんが共演している映像を流しながらトーク中。
「ハリケンジャー」毎週見てたはずなのに、杉作さん出てたの気づかなかったわー。

「諸事情」というのは、杉作さんがアニメ研究所の立ち上げ(?)のため松山に帰省するというもので、落ち着いたら東京でも活動を継続するとのこと。少し前に豪さんが予言していた「サブカル実家帰りブーム」がいよいよ顕在化しはじめたとも言えるのかも。
そのへんの話は杉作さんの新刊『杉作J太郎が考えたこと』にも詳しく書かれているそうです。

あとはもう、ほぼしょーもない下ネタと雑談のみで埋め尽くされた男の理想郷。
ただただ楽しかった。
かつて「豪さんのポッド」でも言及していただいたとおり、なかなか豪さんのイベントに行くことができないという時期もあったけど、もっと気軽に考えるべきだと思いました。「エロの諸葛亮孔明」(杉作J太郎)とか、日曜まっ昼間からそんな単語なかなか聞けないもの。

◆その後、新宿ニコンサロンにて開催している矢部朱希子の写真展「ここに生きる」へ。
矢部さんとは古い付き合いだけど、写真を見るのは7年ぶりぐらい。そうか、一度は写真をやめようとしたのか。
被写体こそ障害を持った方達だったけど、視線の交え方は昔から変わらない。まっすぐ正対。不器用なほど誠実。とてもよかった。

◆夜、NHKスペシャル「シリーズ原発危機 第1回 事故はなぜ深刻化したのか」。
いろいろ思うところはあるが、なによりまず、東電社員までもが「それをやったらこの会社、終わりだろう」と証言するほどの最終手段であるベント弁の開放について、電動操作しか想定されていなかったというのが痛すぎる。いかな電力会社といえど、電気に頼りすぎだよう。

2011/06/04

feat.岡本太郎

◆平賀さち枝さんのレコ発のときにALFRED BEACH SANDALこと北里彰久くんから頂いたファーストアルバム『One Day Calypso』のサンプルがむちゃくちゃよい!!

昨年出た自主流通盤はかなりヘヴィに聴きこんでるし、ライブだって何度も観てるけど、ちょっと突き抜けちゃってるよ、これは。
自主流通盤のほうは弾き語りメインで、それだけでも強烈にユニークな音楽だったのに、他の楽器の入ったパラダイス感がハンパない。それでいて歌詞の平熱っぷり。
「GPSで把握する徘徊老人の位置情報/NHKが制作したドキュメンタリーの再放送」
といった俳諧のごとき言葉の戯れも楽しすぎる。
常套句もすぎるけど、夏に向けてマストバイとはこのアルバムのためにあるような言葉でしょう。

以前、撮らせてもらったALFRED BEACH SANDALのライブ動画。これは弾き語りだけどね。アルバムではパーカッシブなアレンジですげいことになってるよ。



◆椹木野衣『反アート入門』、読了。



『反アート入門』の“反”アートたるゆえんは、

「作る」のでも「残す」のでもない芸術のあり方が、現状のアートや美術というのとは別に、たしかにあると予感してもらえれば、それだけで十分です。

という一文につきるのだけど、そこに至るまでの、「神の死」から始まる西洋近代美術の出生に始まり、情報をコントロールすることによって得られるヴァーチャルな価値のゲームとまでなったアートという概念の“入門”書としても、おもしろく読んだ。

しかし、その門はやはり、そこをくぐることによって上記の一文にたどり着くためにあつらえられたものであり、門の出口付近に至り、「残すこと」と「別の芸術のあり方」との間の矛盾を生きた芸術家としての岡本太郎が召喚される。キーワードは「呪術」である。

 岡本太郎が呪術と言う時、それは宗教の発生から近現代美術に至る、西洋を中心とする権威のシステムそのものへの挑戦を意味しています。だからこそ、かたちあるものを文書で正当化してせっせと保存することよりも、その場その時々に作品を通じて生み出される経験の一回性のほうを重視しているのです。
 そう言えば、このことに関しておもしろい話が残っています。生前に岡本太郎の個人美術館ができる話が持ち上がった時のこと、展示室をまかされた設計者は、あらかじめどんなふうにしたのか太郎に聞いてみたそうです。たしかに、生前に個人美術館の話などが持ち上がれば、重箱の隅をつつくまで口を挟むのがアーティストに特有のわがままのような気がします(実際そうです)。が、この点でも太郎はまったくちがっていました。つまり、展示やそのやり方は「おまえにまかせるよ」といったふうで、ぜんぜん関心を示さないというのです。だけれども、それだけならあの岡本太郎のこと、想像できないこともありません。わたしが驚いたのは、設計を担当された方が太郎に、でも、作品の保全だけはちゃんとしないといけないから、作品はきちんとケースに入れて守りましょうと、ガラスの壁面を備えた展示室の案を出した時、それまで展示などにはまったく関心がないようだった太郎の声色がいきなり鋭くなり、「なんでガラス越しなんだ、それだけはやめろ」と怒り出したというのです。実際、前に岡本太郎の作品が美術館で暴漢に襲われ、刃物で切られたことがありました。設計者は勿論そのことを知っていて、二度とそんなことがあってはいけないといいう念入りの配慮だったのですが、それに対する太郎の答えは、アーティストとしては想像絶するものでした。つまり、「切られてなにが悪い! 切られたらオレがつないでやる。それでいいだろう。こどもが彫刻に乗りたいといったら乗せてやれ。それでモゲたらまたオレがつけてやる。だから触らせてやれ」(平野暁臣『岡本太郎「太陽の塔」と最後の闘い』PHP新書)と、岡本太郎は言ったというのです。
 これは、美術作品を収蔵や展示など度外視して、どこまでも体験に即して見なければ出てこない発言です。
(略)
 けれども、ここには大きな矛盾があります。それはそんなことを言っても岡本太郎とて、やはり近代的な文脈に乗って登場した美術家であることに変わりがないからです。いくら彼が美術に対する呪術の力を申し立て、展示や収蔵といった制度に挑んだとしても、彼の作品は分類上では、まぎれもなく絵画や彫刻の範疇に括られるほかありません。事実、それらが飾られるのは呪術の場などではなく、制度としての美術館以外ではありません。先ほどの話だって、岡本太郎美術館をめぐってのエピソードにすぎないのである。むろん本人だって、いまさら原始の呪術的世界に戻れるとは思っていないのです。
(略)
 むしろ彼は生涯にわたり正真正銘、美術家であり続けましたが、しかし実質においては呪術的であろうとした。そして、そのようなありえない矛盾を根幹にものを作り=ものを消す(かたちを残さず経験と伝える)ような立場にあることを「芸術」と読んだのだと私は考えます。つまり太郎にとっては芸術こそが、美術と呪術を総合するものではなく、両者の矛盾を燃え立たせるような、(あえて言えば)現代における一瞬の儀礼の場であったにちがいありません。

これを読んで思い出すのは、やはりChim↑Pomの個展「REAL TIMES」に展示された「LEVEL7 feat.明日の神話」のことだ(ちなみに『反アート入門』のカバー写真には、彫刻家の西尾康之がChim↑Pomの展示「にんげんていいな」とコラボして制作した彫刻作品が使われている)。
Banksyなどグラフィティアートの例を持ち出すまでもなく、岡本太郎の意志においても、岡本太郎の壁画「明日の神話」に福島第一原発のイラストを付け加えるという行為は、とりたてて非難されるべきものではない。また、それが「展示」という形式に落とし込まれる矛盾も、Chim↑Pomがアートの文脈に生きる以上、引き受けざるをえないものだと思う。

ただ、かつて見た「広島の空をピカッとさせる」の抉られるような感銘に比べると、「LEVEL7 feat.明日の神話」には感ずるものが少なかったのも事実で。
「ピカッ」の、ぬけるような青空に描かれた弱々しい筆致から引き出される自己や歴史への多層的な省察に比べてしまうと、どうしても今回は「原発反対」という二元論的アピール以上のものが見えにくかった。
もちろん時間を置くことで、作品についてもう少し自分の中で発酵してくるものもあるかもしれないが。

これは同じく「LEVEL7 feat.明日の神話」を見た松江哲明監督と話したことでもあるが、あの映像ではむしろ「明日の神話」の壁画以上に、背景に映り込んでいる渋谷駅構内のほの暗さのほうが気になってしまう、いまは。

2011/06/03

平賀さち枝のトラッド

◆各記事の下にね、いろんなシェアサービスでこのブログの記事を共有(短縮URLを発行したり)できるボタンがついてますけど、なんかBloggerの長期メンテから復帰してこのかた、Googleアカウントで「いいね!」的なこと(?)をできるボタンが追加されましてん。そいつが赤とか青とかカラフルなのが、すごくいや。他のボタンとセットになってて、これだけを消せない仕様になってんの。どうせだったら、もっと意味のある仕様を追加せいや。
こういうの(↓)とか。



◆最近の原稿仕事をば。

・今週売り「SPA!」(2011年6月7日号)カルチャー欄の前田司郎特集、その名も「『前田司郎』という稀有(わかりにくい)な才能」に、前田さんをめぐる編集者の一人としてコメントを寄せております。昔のケータイから発掘した岸田賞授賞式でのピースサイン写メも載せてもらいましたので、よかったらご笑覧ください。

・発売中の「マンスリーよしもと」(2011年7月号)で、松本人志監督『さや侍』の主演俳優にして“ワンランク上のおっさん”こと野見隆明さんにインタビューしています。野見さんに中身のある話を聞くという、我ながらかなりのムチャ振られでしたが、がんばりました。
『さや侍』、この日見た映画がそうでした。掛け値なしによかった。

・発売中の「シアターガイド」(2011年7月号)では、青山円形劇場での最新公演『CLOUD-クラウド-』を控えた作・演出のスズカツさんと主演の田口トモロヲさんの対談を担当しています。
「シアターガイド」、次号でリニューアルするそうで、小さい判型の頃から親しんできた読者としても楽しみです(判型は変わらないそうですが)。

・発売中の平賀さち枝ファーストアルバム『さっちゃん』のチラシに、コメントを書かせてもらいました。



以下、そのまま転載します。
夜通しじんまりとして迎えた、美しい朝焼けのような歌。きっと誰にも見覚えがあるだろう。でもいま、あの曙光がどんなにかけがえのないものだったかぼくは知っている。光を滲ませながら平賀さち枝が歌っている――。

◆木曜、その平賀さち枝さんのリリースパーティ@渋谷7th FLOORへ。
とてもよかった。自信に磨かれて艶が出てきたな。
そういや地震後、平賀さんのライブを見るの初めてだと気づいたのは、やはり3・11以降でいくつかの曲の響き方が変わっていたから。本編ラストの「眠ったり起きたり」には不覚にもうるっときてしまった。

平賀さんってその現代性の奥にかつてのURC系フォークやニューミュージックの影響なんかを語られがちだけど、ぼくが強く感じるのはむしろMary McCaslinあたりに代表されるトラッド系女性SSWの影だ。美しいビブラートが空のグラデーションを震わせている。



2011/06/01

ケイオス・スワン

◆「ケイオスリングス オメガ」やばい。ちょっと人と会う仕事がないもんだからと油断したら、2日間どっぷり。EXTRA編2周してようやく解放されました。
ゲームはね、ホントまずいから。もう人間じゃなくなるから。ガキの頃は普通に学校ズル休みしてたもんね。
最近はドラクエシリーズ最新作だけって縛りにしてるんだけど、ついつい手を出してしまったiPhoneアプリ。スマートフォンゲームに懸けるスクエニの本気こと「ケイオスリング」ですよ。
なにが驚いたって、シナリオ担当が、あのドッグレッグス代表にして『無敵のハンディキャップ』著者の北島行徳さんじゃないですか(オメガは別の方)。
それを踏まえてプレイすると、「アルカ・アリーナ」の設定がまた味わい深すぎる……。

あの北嶋さんだってことを気づかせてくれた(インタビュアーが「北島さんがゲームの脚本を手がけられるようになる前からのファンなので」なんてことを言ってる)スクエニ・安藤プロデューサーのインタビュー記事
RPGの便利機能(戦闘時のアニメーションOFF等)を「おもてなし」って表現しているのが面白い。ゲーム業界では常識なんだろうか。「機種に沿ったもてなしができそうな予感」かー。

◆新宿ピカデリーでダーレン・アロノフスキー監督『ブラック・スワン』。



そもそもバレリーナの足の裏は血マメだらけっていう西洋近代芸術の光と影を持ち出すまでもなく、重力を超越した優雅な羽ばたきの裏には、そりゃなんかあるよね。人間だもの。

この映画が『レスラー』の姉妹篇として構想されたというのもよくわかる。虚実皮膜の向こう側という意味では、『レスラー』よりもさらに純度が高い。
ていうかザ・グレート・ムタ? みたいな。試合中にいなくなった武藤が、突如NWOムタになって戻ってきた東京体育館を思い出しちゃったよ。

◆前の日記で書いた撮影について、松江哲明監督が「HogaHolic」に書いている。
「この日は23時頃から雨が降り始め、朝日は昇らなかった。しかし、撮影を終えた時、僕はこの雨を、薄暗い雲を眺め、怯え、生きていくんだろうな、と思った」

そう現場記録を担当させてもらいました。こっちはこっちで言語化していかないとな。
完成まで、それほど時間はかからなそうとのこと。本当に楽しみだ。