2011/05/09

物騒すぎる「(笑)」

◆昼、淡路町で新しいメディアの打ち合わせ。
3・11を挟みつつ、回数を重ねたことでようやくカタチを結んできた。
あともう一歩。

青山に移動し、対談インタビュー取材。
この媒体も次号でリニューアルとのこと。
新しく始まったり、変わったり、3・11以降のモードが徐々に見えてきた……かな。

渋谷タワレコを軽く流し、帰宅。
近所のファミレスで読書。

◆フィリップ・K・ディック『流れよわが涙、と警官は言った


ぎゅっと握っていた手がカラだったような。
その寄る辺なさが沁みる。

◆西岡研介『襲撃 中田カウスの1000日戦争


やはり同じ筆者が構成している『憚りながら』と同じく、物騒な場面に滑り込まされた「(笑)」が効果的すぎる!
例えば、カウス師匠が愛車ベンツを黒いフルフェイスのヘルメットに黒のダウンジャケットの男に襲撃された場面――。
 カウスが掴んだ凶器の先端には、異様なものが付いていた。緊急時に車の窓などを割る「ガラスクラッシャー」と呼ばれる器具が、ガムテープでぐるぐる巻きにされていた。カウスが続ける。
「こんなもんで殴られたらたまったもんやないと、必死でバットを車の中に引き込みました。けど、その時はもう頭ん中は落ち着いてました。バット引っ張りながら、ああ、これはプロの“頼まれ仕事”やな……とね。
 そんなことを考えながら引っ張りっこしているうちに後ろから突然、もう一本の手がニューッと伸びてきたんです。僕、なんぼ『怪芸人』や言われても、さすがに手は三本もありませんからね。ギョッとして振り返ったら、後ろの弟子も一緒になってバットを引っ張ってたんですわ(笑)」
しかし、この本に登場するカウス師匠の語り口や胆力にはすっかり魅了されてしまったよ。
そして、筆致の隅々からは「吉本」的なるものへの愛情すら。もちろん未来に対しての問いも投げつつの。
 怪芸人というが、芸人というものは、カウスに限らず、そもそも“怪しい”ものではないのか。さらに言えば、一般社会で生きる人びと、つまりは堅気の世界の人間が、決して持ち得ない怪しさや艶気、さらには狂気を孕んでいるからこそ、芸人は客を惹きつけるのであり、逆に怪しくなければ、芸人といえないのではないか……と。
[略]
 少しでも芸能界や、暴力団の取材をした経験のある記者なら、いや別に記者に限った話ではない。日本における「興行」というものの歴史を繙けば、昔から、そして今なお、興行の世界が、ヤクザと切っても切れない関係にあることが、誰にでも分かるはずだ。
 しかも吉本興業といえば、日本最古にして、最大の芸能プロダクションである。さらに言えば、本書でも詳述した通り、同社は吉本せいの時代から山口組との関係が深く、弟の正之助に至っては、その山口組を、「日本最大・最強の暴力団」に育て上げた田岡一雄・三代目組長との関係を半ば公言し、果ては山口組の威を借りて恐喝に及び、司直に逮捕されている。
 このような歴史も踏まえずに、今日のお家騒動をいくら報じてみても、浅薄なものにならざるを得ない。私は一連の“吉本バッシング報道”に覚えた苛立ちは、この浅薄さ、に対するものだった。
 ならば、今回のお家騒動を、吉本の90年余に及ぶ歴史の中で、捉え直してみよう――というのが、本書を上梓した趣旨だ。