2009/08/28

私の錨鉛とは

◆思いついた断片をツイッターでつぶやいたり(ミクシィはログインすらあまりしなくなった)、人に話したりするうちに、ここを更新する機会を逸してしまう。季節はもう秋のおとずれ。

◆いろんな考えが未整理のまま渦巻いているが、けっきょく一つの問いの周りをぐるぐるしているともいえる。

ちょっと思い出すと、18日にアトリエ春風舎で青年団若手自主企画「昏睡」を観た。
永山智行の戯曲を神里雄大が演出。男と女のふたり芝居。シチュエーションの違う7つの掌篇がシームレスに演じられる。
面白かった。なによりとても感銘を受けた。

むかし五反田団の「ふたりいる景色」の劇評を書いたとき、石川忠司の「誰かと誰かが『ふれあう』ことが世界をはじめて確固たるものとして実在させるのなら、それが世界の基礎だというなら、もっとも根源的な単位、その先にはもう『無』しかない孤独な単位は一ではなく実は二だ」という言葉を孫引きさせてもらった。しかし、この芝居はその先を描く。
「孤独」という感情を押し殺すならば、じつは一人いなくなっても、二人いなくなっても世界はありつづける。たとえ身体が消え去っても世界はありつづける。そもそも私たちがある身体的特徴を持っていまここに存在していることになんて、なんの意味も理由もない。むしろその意味のなさ、理由のなさだけが私たちに残された希望ですらあるのだから。私たちがいなくとも世界はあるが、私たちはたしかにいまここにいる。生きている私。ここにある私。私はどのようにしてここに「ある」のか。
芝居のラスト、意味のなさを全力で生きた/演じきった俳優は、暗闇のなかで<声>となる。そう、私たちは<声>である。<声>として、いまここにある。

アルトーの「器官なき身体」という言葉も頭をかすめつつ、思い出すのはこの日記で書いた平井玄の『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』や北里義之が問題とする「声の集団的再編成」のことだ。

上記の日記でいえば、他にも大友良英が指摘するライブハウスのPA問題とか、真木蔵人の発言とか、いま自分のコミットしている音楽や映画や演劇の連中が意識的あるいは無意識的にチャレンジしている試みとまんま繋がっている。
そこには坂口恭平が建築でやろうとしていることなんかももろ関係してくるのだけど、それについてはまた改めて書きたいと思う。

Kokut◆そんなこともあってか、8月22日、高円寺の酒場・コクテイルでのライブで披露された前野健太の新曲「私の怒りとは」が、なんだか特別な響きでもって届いてきた。
とてもいい曲なんだ。日の光に溶けていく山や川や街、それでも溶けない私、いつか会わなくなるかもしれない友だちと今は一緒にビールを飲んでいる、みたいな歌詞の。
この「私の怒りとは」の「怒り」が、ぼくには「錨鉛(いかり)」と聞こえてきた。
私の錨鉛とは――。私の中に深く降ろすもの。私を、私でないなにかにつなぐもの。

なぜなら、上記の日記からさらにてめえの日記にリンクで飛んだら、最首悟のこんな言葉。
自然人は無際限の自由をもっている。自然人の対極は奴隷人である。しかし、奴隷人の奴隷人たるゆえんは、自分を縛るカセが自然のオキテに等しいとみなすことにあるから、その意味では奴隷人もまた無際限の自由をもつことになる。ガレー船に掲げられていたという自由である。
それにくらべると、社会人は大幅に自由を減じている。社会人は共同した生活を選んだヒトのあり様である。自由が減じた原因は共同にある。共同は規模が大きくなるにつれて、あるいは緊急事態の出現によって、協議・指導・指揮・支配が要請されるようになる。どのように理想的な共同でも、自由は目減りしているのである。
(中略)
課題は古くて新しいというべきである。ヒトが共同へ向かったときの、その自発意志、すなわち自由をせばめながら責任観念を発生させた内発的義務とは、何なのであるか、わが身に深く錨鉛(いかり)を降ろすこと。私は、自然人ともいうべきわが子の星子という介助者に恵まれて、その作業を進めて行こうと思う。
(最首悟 『星子が居る』)

◆てめえの日記から、こんどはさらに杉田俊介さんの日記に飛んだら、「シャカイ系の想像力」ときた。どうにも示唆的な連環だ。

◆御殿場にクロープン(閉じ開いている)な空間を現出してみせたフジサンロクフェスで一番衝撃を受けたバンド、表現(hyogen)の動画をYouTubeで見つけた。映像の粗さもあいまってむちゃくちゃかっこいい。



ようこそ灰の田へ!
見ても泣かないで
突き落としたいのは山々だけれど
いかんせん君は
鳥の気がある
いつでも空へ発てるとは癪だ

新しい土地を
もらいに来ただけよ

(SHINTENCHI/表現(hyogen))