2009/05/11

ロビーと羽衣とボレロ

◆先日、こまばアゴラ劇場のロビーでやった神里雄大さんと岸井大輔さんとのトーク中の写真がしのぶの演劇レビューにあがっていた。

期間中あのロビーにいた人たち、本棚、空気。もちろんどの作品もすばらしかったのは踏まえた上で、何年かたって「キレなかった14才りたーんず」のことを思い出すとしたら、あのロビーの感じだろうな。

彼らのオープニングパーティのときに「パーティロック」ってことを思って、あながち外れてもいなかったんだけど、でも「パーティ」に収まるだけのものでもなかった。
彼らは「公演」って概念や「暗転」みたいな装置をぜんぜんかったるいなんて思っていなかったし、むしろ、「公演」とか「暗転」に必死に取り組んでいた。
ただ、ひとつ言えるとすれば、「仲がよかった」。自分と異なる考えや価値観や身体に対する「寛容さ」を持っていた。
そのことは「グァラニー ~時間がいっぱい」や「すご、くない。」あたりからも濃厚に感じられたし、「アントン、猫、クリ」にいたっては、物語とまったく無関係な飛行機の音だとか、「人」という文字やコンタクトインプロ的な動きを利用しつつほとんど「物」として「他人」という役割を引き受ける人物まで登場させ、「私のメランコリーと関わりなく、世界はたしかに存在している」という状態をステージ上に描いてみせた。「少年A」に対する「少年B」だってそうだ。

「世界はけっして<私>の拡張ではない」という考え方は、「無関心」を遠ざけ、「寛容さ」を生み出す契機となる。
たとえば岸井さんをロビーに巻き込んだのだって、そうした「寛容さ」があってこそだったんじゃないかと思うのだ。

◆日曜日、FUKAIPRODUCE羽衣「朝霞と夕霞と夜のおやすみ」@こまばアゴラ劇場。
男女の恋愛や性愛を汗だくになって歌って踊って魅せるという、なんとも暑苦しい舞台。でも、こういうのってあがらいがたく、好きなんだよなあ。
歌も踊りもすごく上手いというわけではないんだけども、妙に印象に残るというか(本人たちは「妙ージカル」と呼んでいるらしい)。ゴキブリコンビナートの歌っていつも名曲ぞろいだと思うんですけど(いやホントに)、あれに近いものがあった。
ひたすら楽しく、観終わってなにも残さない芝居。ずばり大好物です。

大根仁さんのブログで、シルヴィ・ギエムの「ボレロ」の動画がYouTubeにあがっているのを知る。一度は封印したはずの「ボレロ」を、2月のベジャール追悼公演で解禁したときのやつ。



映像を観るだけでも熱いものが込みあげてくる。
05年、「最後のボレロ」を観たときの興奮がいまだに忘れられないでいる。