2009/01/05

プロレスの試合写真

昨日は、新年の恒例となってきた、五反田団の工場見学会とマッスルハウスのハシゴ。

工場見学会は、入場料500円で底冷えするなかブルブル震えながら観てたような頃からすると隔世の感があるというか。でも、内容はあいかわらずのゆる~い大人の学園祭っぷり。今年もたいへん堪能させていただきました。前田さんの『むらさき☆こんぷれっくす』(少女漫画のニセモノ)、ハイバイ岩井さんによる「チャゲ&飛鳥のニセモノ」、どちらも、らしさ全開でよかった。

そして、マッスルハウス7@後楽園ホール。

高木三四郎の自伝を読んだ人ならわかってくれると思うけど、大仁田登場にはじつに感慨深いものがあった。マッスルにはすでに蝶野やミスター高橋まで上がってしまっているので、いまさら大仁田厚が出てもあまりサプライズにならない、みたいなことを書いてるブログがあったけど、俺は逆に、どんな大物がマッスルのリングに上がろうとも絶対に大仁田だけは未来永劫に絡むことはないと思ってたから、会場に「ワイルド・シング」が流れてきても俄には信じがたかったもんな。

こっそりちりばめられたショーケンネタとか、「箱庭療法」「タッグマッチっていったい何なんだ」みたいなキレるフレーズ、あと大家健の本気などを楽しむ。
その上で、年末に書いた五反田団じゃないが、坂井さんも岐路なんだろうなーということも強く感じた。
興行中に「台本を細かく書けば書くほど、やりたいのはこんなことじゃないと思ってしまう」みたいな坂井さんのセリフがあったが、たしかに作家性の強いクリエイターなら誰しもぶつかる壁なのだろう。ことプロレスというのは四角いリングに囲まれた表現であったりするので、<私>の拡張として世界が完結してしまいやすそうではある。

生で観戦できなかったのであまり強く主張できないのだけど、じつは今後のマッスルを考える上で一番重要な試合は、昨年10月のDDT Special~6大ブランド大集結~@後楽園ホールに提供した、「キング・オブ・フォトルール」だったのではないか。そんなことをずっと考えていた。
機材トラブルによる進行の悪さから、会場では試合後、微妙な空気が流れたとのことだが、マッスル坂井がこの試合で目指したであろうことのポテンシャルを思えば、たとえ進行がスムーズにいってたとしても、会場はやはり微妙な空気になったんじゃないだろうか。

なんせ梅川良満である。並のカメラマンじゃない。本当によい写真を撮ってしまうに違いない。もう少しわかりやすい言葉で言うと「芸術的にすばらしい写真」を。
会場を盛り上げるのであればカメラマンは梅川である必要はないのだ。構図のきれいな「教科書的な写真」を撮れるカメラマンでよい。プロレス雑誌のレポート写真のような写真。むしろそのほうが安全だし、確実である。
にも関わらず、リスクを冒してでも梅川を配したところに、マッスル坂井の、私的宇宙を内破しようとする意志を強く感じてしまうのである。

おそらく梅川良満であれば誰も見たことのないようなプロレス写真を撮ってしまうだろう。
そしてその写真は、プロレスの歴史の一部が、プロレス雑誌(もしくは新聞)の写真によってもまた作られたきたことを明らかにしてしまうにちがいない。
たとえば原悦生の写真はアントニオ猪木のケレンを最大限に引き出し、「プロレスが格闘芸術であること」(それは大半のプロレスファンが意識的であれ無意識的であれ望んでいることだ)をきっちり補完してみせる。しかし、梅川のカメラアイはもっと即物的。言ってしまえば、プロレスなんて半裸の男や女たちが四角いリングのなかでドタバタやっているにすぎないことを暴露してしまう可能性すらある。
ただ勘違いしてほしくないのは、そのことは絶対にプロレスの価値をおとしめることにはならないということだ。むしろ、そのことはプロレスの奥深い魅力を再発見する契機となるポテンシャルを秘めている。
曰く、「タッグマッチっていったい何なんだ」
「プロレスっていったい何なんだ」

試合を観戦できなかった(ちょうど日本にいなかった)のが本当に残念でならない。
だが、この試合で撮られた梅川良満の写真の一部は、『マッスル牧場CLASSIC』DVD発売記念特設サイト(左上の矢印ボタンで写真を入れ替えられる)で見ることができる。本当に、驚くほどに素晴らしい写真ばかりである。
ちなみにDVD各巻のジャケットも梅川の手によるもの。3巻の男色ディーノの下半身トリミングなんて、いかにも梅川らしいデザインじゃないか。

ちなみに、このマッスル提供試合「キング・オブ・フォトルール」の意義について触れたテキストがないかと探してみたら、意外にも『週刊プロレス』が1ページも記事を割いていた。鈴木彩乃記者による原稿(「意外」というのは失礼かもしれない。彩乃記者の原稿はプロレスのインサイダーでありながら、いつもどこか醒めた視点が面白い。そのへんプヲタの人たちがどう思っているのかはわからないけど)。
一部を引用しておきます。
 プロレスの試合写真といえばロープの外、リングサイドからの撮影が通常。いや、通常というより当然というのが正しいだろう。なぜならそこに疑問を抱く必要がないからだ。
 だが、殊「マッスル」に関してはその必要があった。語弊があるかもしれないが、坂井は以前から自分たちがおこなっていることはライブ、もしくは映像でないと実際に何が起きたのか、伝わらないと思っている。その点は雑誌編集者、記者として否定はしない。
 そこで坂井は考えた。一般的なプロレスの試合を見る目線ではなく、自分たちと同じ目線(つまりはリング上)で観客たちの表情も感じつつ、報道とは異なる表現方法で空気を静止画に切り取ってみてはどうだろう?と。そんな疑問、アイディアから発生して、おこなわれた“実験”が今回の提供時間となったのだ。
 写真家としてだけでなくアートディレクターとしても第一線で活躍する梅川良満氏を迎え入れ、クリエイティブ能力に自信を持つ坂井が簡易デジカメを片手に立ちはだかる。そのまま試合を撮影し、勝敗が決したあと撮影した写真から5枚をピックアップ。その場で場内スクリーンに投影し。写真の善し悪しで本当の勝敗が決まるという展開なのだが、やや胡散臭い言い方だけれども、この光景が実に芸術的だった。
 特に試合途中でスローモーションが入り、白ブリーフ姿の“汁レスラー”たちが大挙してリングになだれ込んだ瞬間はある意味で圧巻。「肉体表現」とも言われるプロレスが、マッスルバージョンに見事に変換されたシーンだった。
 坂井がリングを去る直前に呟いた一言を聞き取れた人はどれだけいるかわからないが、彼は「インスタレーション的なことをやろうと思いまして」と言っていた。
 インスタレーションとは、プロレスを同じく多様化した現代美術から生まれた手法であり、場所や空間全体を作品として体感させることをいう。今回に置き換えると、試合の勝敗や写真の善し悪しに坂井の考えがあったのわけではなく、カオスに満ちたリング上と、それを取り囲む観客と報道陣たちが醸し出すリアル。その2つのギャップが生み出す面白さがポイントだったのではないだろうか。
(『週刊プロレス』No.1444 「編集部発25時」より)
こんな原稿がたとえば『kamipro』みたいな尖った専門誌ではなく、『週刊プロレス』に載っているというところに、プロレスの奥ゆかしさを感じてしまうのである。