2008/03/22

若者(うたもの)たち

先日予告したとおり、行ってきました「若者(うたもの)たち」@秋葉原グッドマン。
これが予想していたこととはいえ、ホントに素晴らしいライブイベントだった。

Miwa一番手は三輪二郎
おはよう おやすみ』は何度も何度も聴いていた。けれど生で観るのは初めて。しかも弾き語りソロ。
最初の一音、その空気の振動からしてちがう。今夜はとても特別な夜になるぞと。鳥肌音楽。

昼下がりの合図について歌いながら、なに食わぬ面持ちで夜の冷たさを同居させる三輪二郎のうたよ。
それにしても、なんでライブハウスのラムコークはこんなにアルコールの回りが早いんだろう?

Inaka次はいなかやろう
うん、いいぞ。ウキウキなサウンドにヨレヨレなヴォーカル。やっぱりペイヴメントが一番さ!

解散ソング」という曲が名曲すぎる。
闇夜のバイクすっ飛ばしてたって歌詞に、築地市場で働いてた頃のことを思い出したよ。

Maeno前野健太とDAVID BOWIEたち
本秀康さんをして「現代のディラン&ザ・バンド」と言わしめる素晴らしきバンドアンサンブル。ホント、『ロマンスカー』は『Planet Waves』ですよ(「青い部屋」が2バージョン入ってる感じも含めて)。

なんて楽しいんだろう。孤独なんて言葉、ちょっとどこかへいっててくれないか。
「友達じゃがまんできない」のメロウ、「天気予報」のダイナミズム、ライブで初めてわかることがたくさんあった。

Mergaretそして、マーガレットズロース
登場時のBGMが「Like A Hurricane」(『Weld』に入ってるヴァージョン)。
いや、ホントにしばらくぶりだなあ。
「斜陽」も「紅茶の歌」もやらなかったけど、「べいびー」はとってもいいうただったぞ。

マーガレットズロースは「愛」だな、って書こうとしたら、佐藤くんも同じこと書いてたよ。

終演後、大橋くん奥田さんとCoCo壱カレーを食べて帰る。

なんかこういう日記って懐かしい感じ。
前はよくこんなライブレポ書いてたよなあ(こんなのとかこんなの)。

なんていうんだろう、けっして大げさなことでなく、いつまでも、いくつになっても、こういう場所にいさせてほしいと願った。

2008/03/09

五反田団「偉大なる生活の冒険」

五反田団 「偉大なる生活の冒険」@こまばアゴラ劇場を観る。

二日前に観たチェルフィッチュと対照的に、こちらは延々テーブルの高さにも届かない演劇を繰り広げていた。
つまりは寝ころんでいた。
その重心の低さは相変わらずで、頼もしいかぎり。
主人公の男(元恋人の家に転がり込んだ30がらみのニート)なんて、RPGゲームで地下ダンジョンにまで潜っちゃってたからね。

真っ暗な部屋でゲーム画面の明滅する光のなか、RPGゲームのラスボスを「ひのきのぼう」のみで数時間かけて倒そうとする場面、その空間と時間の孕むポテンシャルにおののいた。
チェルフィッチュ「フリータイム」のなかで、派遣OLがファミレスのテーブルで日記代わりに延々と「円」を描く、あのポテンシャルと緩やかに共振するものを感じてしまった。
『全的な回復』=≪今の時≫に至る手前の、存在の停止の瞬間(の骨片化)、無限陥没の継続
テーブルの高さで繊細にバランスをとろうするチェルフィッチュ。
テーブルより低い高さでゴロゴロする五反田団。
どちらも、社会との繋がりを、「わが身に深く錨鉛を降ろす」ようにして見せてくれたと思う。嘘くさくないやり方で。

ラストのカニ缶の生っぽさもよかった。

帰りがけ、『nu』の戸塚くんにちょろっと取材を受ける。たぶん次号(?)の『nu』に載るのだと思います。

あと、「フリータイム」と「偉大なる生活の冒険」については、改めて某誌に原稿を書くつもり。わりと同じような内容になると思うけど。

2008/03/08

チェルフィッチュ「フリータイム」

チェルフィッチュ「フリータイム」@六本木Super Deluxeを観る。

なによりもまず、ファミレスのテーブルの高さで、社会とのバランスをとろうとする姿(文字通りその体勢)にぐっときた。
自然人は無際限の自由をもっている。自然人の対極は奴隷人である。しかし、奴隷人の奴隷人たるゆえんは、自分を縛るカセが自然のオキテに等しいとみなすことにあるから、その意味では奴隷人もまた無際限の自由をもつことになる。ガレー船に掲げられていたという自由である。
それにくらべると、社会人は大幅に自由を減じている。社会人は共同した生活を選んだヒトのあり様である。自由が減じた原因は共同にある。共同は規模が大きくなるにつれて、あるいは緊急事態の出現によって、協議・指導・指揮・支配が要請されるようになる。どのように理想的な共同でも、自由は目減りしているのである。
 (中略)
課題は古くて新しいというべきである。ヒトが共同へ向かったときの、その自発意志、すなわち自由をせばめながら責任観念を発生させた内発的義務とは、何なのであるか。
(最首悟『星子が居る』)
チェルフィッチュについては初めて見た「労苦の終わり」があまりにも衝撃で、あの終始夢見るような、酩酊するような、それでいて現実の重力に引きずられるようなマジカルな体験を追い続けて観てきたところがあったのだけど、今回、それをようやく更新することができた。

かつて「労苦の終わり」について映画の撮影現場のようだと書いたことがある。だが、「フリータイム」の、現前性とイリュージョニズムの隘路を抜けて、俳優のみならず観客までもの潜勢力を引き出そうとする繊細な手つきは、降霊術のような趣さえあった。
素晴らしい体験だった。

そういえば、先に引用した『星子が居る』は、杉田俊介に貸そうと思って引っ張りだしたもので、その杉田さんはかつてこんなことを書いていたのだった――。
ともかくアガンペンの言葉に耳を澄まそう――「バートルビーが新しいメシアだとしても、彼は、イエスのようにかつて存在したものを贖うためにではなく、かつて存在しなかったものを救済するために到来するのだ」。アガンペンは著書のあちこちで無為・非労働に転倒的価値を見るが、ここでの認識はそれとは違う。アガンペンはライプニッツの「偶然性」の定義=「偶然性とは存在(ないし真として存在)しないことができる何かである」を引用し、「バートルビーが冒す実験は次の『全的な回復』(アポカタスタシス)まで突き抜ける。
「むしろそれは一つの脱想像であり、そこでは、起こったことと起こらなかったことが、神の精神の内で、もともとの単一性へと回復され、また、存在しないこともできたが存在したものは、存在することもできたが存在しなかったものと見分けがつかなくなる」。
生者や死者ばかりではない。かつて存在しなかったものをも包摂するメシア主義なきメシア性。相変わらずアガンペンの拘りは奇妙で不可解で、この部分には安易な想像を許さない独特の凄みがあるが、それでも引用したパートの言葉は殆ど神秘思想へと沈潜している。しかし重要なのは、「全的な回復」=≪今の時≫に至る手前の、存在の停止の瞬間(の骨片化)、無限陥没の継続の方にあるはずだ。
(杉田俊介「ニート/バートルビー」)

2008/03/06

都会の迷子さん

ある都市で道が分からないということは、大したことではない。だが、森のなかで道に迷うように都市のなかで道に迷うには、経験や知識が要求される。通りの名は、枯れた小枝の折れる音のように都市の放浪者へと語りかけ、そして、迷い込んだ都市の路地が山の谷間の表情のように、そこを歩いた放浪者の記憶を呼び起こしてくれるのだ。
(ヴァルター・ベンヤミン)

ダーチャで「都会の迷子さん」ことハヤシライス・レコードの佐藤くんに取材。というか、だらだらおしゃべり。「若者(うたもの)たち」キャンペーンのことを中心に。

「うたもの」って言葉には自分もそれなりに思い入れがあって。
本当に話すことが多すぎて、楽しくて、刺激を受ける。

ひとしきり佐藤くんの話を聞いて思い出したのが、昨年円盤でみたゑでぃまあこんライブのときのあの感じ

自分のなかの「若者(うたもの)」が疼くのを感じる。
また、できるだけライブに足を運ぼうと思った。
3月22日(土)@秋葉原グッドマン
【若者(うたもの)たち】
open18:00/start18:30
前売2300円/当日2800円
出演:三輪二郎(ソロ)/前野健太とDAVID BOWIEたち/いなかやろう/マーガレットズロース

帰り際、ダーチャのアルバイト募集ビラに大橋裕之先生のイラストが。と思ったら、店主なおさんが勝手に大橋テイストを真似て描いたものだった。
大橋くん見たかなあ。

2008/03/03

犬の成人式

バサラブックスの2周年記念イベント@東高円寺UFOclub。

ちょっと遅れてしまい、日本一の極寒芸人・ジャン相見のステージを見られず、残念(自分に勝ったら千円あげますっていうジャンケン大会をしたとのこと)。

ちなみに会場で、以前僕が聞き手をやったジャン相見の人生ライブ(観客数20人弱)を観ましたという人に話かけられてびっくり。

大橋裕之先生の紙芝居は、二日前の紙-1でもかけた「マンガヤクザ」。漫画道に命を懸けた極道たちの群像劇。
堀道広先生は飛び道具・クラッカーも使用した、三次元紙芝居。

ゲラーズ、活動休止直前ライブとのことで、見るほうはわりと前のめりだけど、本人たちはいたって淡々(内心ははかりしれないが……)。
しかし、いいバンドなのにもったいないなぁ。

松倉如子突発ライブ。
どうしようもなく「うた」だった。

前野健太×本秀康トーク。
二胡の入った前野健太バンド(前野健太とDAVID BOWIEたち)を、本先生がディランにおけるスカーレット・リヴィエラになぞらえたのにぐっときた。
その後の前野健太の素晴らしさ。

たとえば松倉さんがいて、ゲラーズがいて、前野健太がいて、ラスト・ワルツといったら大げさだけど、最近じゃそんなことがわりと普通に起こっているような気がしている。

2008/03/02

XIU XIU来るらしい

なにしてたか思い出せない日。
たぶん寝て起きて本でも読み、夜は飲んでたのでしょう。

そういや、先日の日記で「ライブ見たい」と書いた矢先に、XIU XIUの来日が発表されてびびった。
4月14日、Kill Rock Starsのショウケースライブ

というわけで、P-VINEがKill Rock Starsの国内代理販売契約を結んだみたいだけど、5RCから出てたトチ狂ったバンドたちのアルバムも解説入りでリリースしてくれないものだろうか。
なんか本家キルロックも5RCのリリースを凍結してしまったみたいだし……。Amps for Christとかなあ……。

まあ究極のところ音源はどうにでもなるので、ライブが見たいだけだったりもするんだけど。

2008/03/01

紙-1グランプリ'08

五反田でポツドール・三浦大輔さんにロングインタビュー。

掲載予定が次回公演直後という宣伝にも劇評にもならない時期ゆえ、かえって自由になんでも聞いてよいという希有なインタビューをさせていただく。やはりそうだったか、と合点がいくこと多し。

インタビュー後、カメラマンと軽くお茶したのち、阿佐ヶ谷に移動。
Asagaya/Loft Aの「紙-1グランプリ'08」決勝大会へ。

到着するなりバサラブックスのKくんが「大橋さんと田中さんが予選から勝ち上がってますよ!」と報告してくる。なんつうか、「K-1グランプリ」というよりは、「G1クライマックス」な風情。もちろんオイラも断然G1支持派です。

肝心の決勝は、笑いをとるか、完成度をとるか、発想力をとるか、という切り口でかなり評価が変わってくる。それも込みで面白いイベントなわけで。なので観客投票結果を会場前方に貼り出すのは大正解。ようするにお客も試されているのです(得票ゼロの人がいたのはちょっとガチすぎたけど……)。

Nagoyajo_2個人的には、紙芝居で名古屋城を建ててみせた堀道広先生と、ピーター・ガブリエルの狂気に触れたキクチヒロノリ先生にやられました。

帰りがけ、ゲラーズのKくん、バサラのKくんとその友達とで武蔵家へ。久々に家系ラーメン食ったら、これが普通盛りでもけっこうきつい。
なんか、やなぎくんも最近そんなこと書いてたな。