2008/06/19

か、枯れたのか……!?

いま売ってる『群像』に大江健三郎と岡田利規による第二回大江健三郎賞受賞対談が載ってるんだけど、冒頭の大江健三郎の発言――
大江 長嶋さん(筆者注:第一回受賞者の長嶋有氏のこと)は魅力的な人ですから、応援団がついています。かれらの同人誌に、第一回授賞式についての愉快な座談会があり、大江はもじもじしたり、無意味に手を動かしたり、とくに長嶋さんが話している間、眼鏡を磨いていたと(笑)。それを読んでいると、岡田さんの芝居の俳優になったような気がしました。私もむやみに無意味な身ぶりをするわけです。
 旧来、日本人はあまり身ぶりをしないで話していたのではないかと。私がこの頃気がつくのはテレビのトーク番組で話す人たちが過度に腕を動かしている。それは、無意味な習慣ではないだろうかとつねづね考えていたのに、自分も同じことをやっていました(笑)。
これ、会場での発言と微妙に変わっている。
というのも、会場で大江健三郎は、「テレビのトーク番組で話す人たち」ではなく、具体的に、彼より一つ年下の齢72にして、チェルフィッチュ・岡田利規といまなお身体表現の最前線で共振するある芸人の名前と、その芸人がホストを務めるテレビ番組について、はっきりと口にしていたからだ。
このブログを見てくださっている方にはもう想像ついたかもしれないが、その名前は立川談志。テレビ番組とは「談志・陳平の言いたい放題」のことである。

しかし、なんで変えちゃうかなあ。かねてよりチェルフィッチュ化する談志師匠について書いてきた身からするとあれは快哉を叫びたいような瞬間だったし、大江健三郎の発言としても、「テレビのトーク番組で話す人たち」でなく「立川談志」であることにちゃんと意味があったと思うんだけどな。

それはさておき、立川談志最新バージョンを確認するため、6月7日、立川談志・志らく親子会@三鷹市公会堂へ行ってきたのだった。

前回がこんなんだったので、なにが来ても驚く感じではなかったのだけれど、なんと、この日の談志師匠は「すべてを受け容れる」談志であった。

ここのところ演目一覧にわざわざ「体調不良」と明記されてることからもわかるとおり、健康状態はかなりよくないのだろう。実際、声もかなりかすれていた。
こんなコンディションであれば、以前の談志師匠なら、自身の体調への不満、苛立ちをまくらでひとしきり話してからようやく噺に入って、噺も途中でちょいちょい中断して、ってな具合だったにちがいない。むしろそこに身体をめぐる精神と肉体の凄まじいまでの相剋を刻み、その先にチェルフィッチュ化なんていうとんでもない境地まで見せてくれていたわけなのだが。

しかし、この日の談志師匠は高座に上がるなりいつものジョークあれこれにつづき、ローな感じでそのままにすっと「やかん」に――。
体調不良も、老いもそのままに、淡々と、訥々と、繰り広げられるイリュージョン問答。このトワイライトゾーンに入ってしまったような不思議な時間の流れ方はなんだろう。
も、もしかして、これは!?
……枯れ!?

まさか、談志師匠が枯れるなんてそんな。
まだ一概にはいえないけれど、でももしそんなことがあるのだとしたら、それはすごいことだ。
だって、あの噺や、この噺も聴いてみたいじゃないか。
枯れた談志で!

とにもかくにも、談志師匠の体調が一日も早く回復されることを祈っているのです。

ちなみに、志らく師匠の「鉄拐」「品川心中」も素晴らしかった。
「鉄拐」はずっと演りつづけてほしいです。ファンタジーあふれる面白い噺なのに、いまや談志師匠ぐらいしか演ってくれないので(サゲが地味だからかなあ)。