2008/03/09

五反田団「偉大なる生活の冒険」

五反田団 「偉大なる生活の冒険」@こまばアゴラ劇場を観る。

二日前に観たチェルフィッチュと対照的に、こちらは延々テーブルの高さにも届かない演劇を繰り広げていた。
つまりは寝ころんでいた。
その重心の低さは相変わらずで、頼もしいかぎり。
主人公の男(元恋人の家に転がり込んだ30がらみのニート)なんて、RPGゲームで地下ダンジョンにまで潜っちゃってたからね。

真っ暗な部屋でゲーム画面の明滅する光のなか、RPGゲームのラスボスを「ひのきのぼう」のみで数時間かけて倒そうとする場面、その空間と時間の孕むポテンシャルにおののいた。
チェルフィッチュ「フリータイム」のなかで、派遣OLがファミレスのテーブルで日記代わりに延々と「円」を描く、あのポテンシャルと緩やかに共振するものを感じてしまった。
『全的な回復』=≪今の時≫に至る手前の、存在の停止の瞬間(の骨片化)、無限陥没の継続
テーブルの高さで繊細にバランスをとろうするチェルフィッチュ。
テーブルより低い高さでゴロゴロする五反田団。
どちらも、社会との繋がりを、「わが身に深く錨鉛を降ろす」ようにして見せてくれたと思う。嘘くさくないやり方で。

ラストのカニ缶の生っぽさもよかった。

帰りがけ、『nu』の戸塚くんにちょろっと取材を受ける。たぶん次号(?)の『nu』に載るのだと思います。

あと、「フリータイム」と「偉大なる生活の冒険」については、改めて某誌に原稿を書くつもり。わりと同じような内容になると思うけど。