2008/12/31

ダイナマイトとかダウンタウンとかハッスルとか紅白観ながら

大晦日にまとめて更新という無粋ぶりをお許しください。

11月18日、五反田団「すてるたび」@アトリエヘリコプター
いろいろ岐路なんだろうなあ。私が、私の拡張としての「世界」(いうまでもなくそれは「夢」に似ている)で繰り広げるあれこれ。どこまで行っても出会う人々は私と同じ顔。初期の村上春樹にも通じるマッチポンプ的メランコリー。
たとえばハイバイやチェルフィッチュが向き合おうとしている「現実の身もフタもなさ」に比べてしまうと、「このままでいいのだろうか」と。と同時に、個人的には、いつまでも「ここにいさせてほしい」と思えてしまう(アトリエヘリコプターが母胎に感じられるほどに)のが悩ましいところだ。つまるところファンなのだけど……。

11月22日、中原昌也爆音パーティ@バウスシアター
急遽、「3人で入ると安くなるから」と虹釜さんに誘っていただき初爆音上映。これが最高だった。
自由を奪われて暗闇に沈み込んだ身体に容赦なく浴びせられる爆音や閃光。まったく新しい知覚体験。プログラムがまた、クセナキスのノイズだとか、トニー・コンラッドのチカチカするやつとかだからなおさら。映画館というメディアのポテンシャルを一段階引き上げるとんでもない上映形態ですねこれは。もっと早く体感しておけばよかったよ。
中原昌也とジム・オルークのユニット、Suicidal 10ccも堪能。もちろん映画館のイスで。

12月5日、快楽亭ブラック&ロフトAぷれぜんつ「年忘れ!気狂いライブ」@阿佐ヶ谷ロフトA
早めに会場に着くと、開演前にもかかわらず元気いいぞうさんが歌っている。それも元気いいぞうファンならよくご存じの、しっとり系本気ソングばかり。本番とは別に、いいぞうさんが勝手に歌い出したらしい。自由だなあ。ひさしぶりに聴いた「まあ、生きていれば良しとする」が沁みる。
出演の米粒写経、元気いいぞう、快楽亭ブラック、3組とも看板に偽りなしの気狂いぶり。とくに米粒写経・居島さんのピン芸、大本営八俵に笑う。徳川将軍十六代(16人)のモノマネとか、東京裁判での戦犯たちのモノマネとか。
それにしても、あれからもう3年もたつのかー。

12月7日、ゆらゆら帝国ライブ@新木場studio coast
先日のニューヨーク行きはゆら帝の米国ライブに密着するためだったのでした。
ともかくいま、ゆら帝は見ておかないとやばい気がする。映画「愛のむきだし」で全面的にゆら帝の曲をフィーチャーした園子温監督にも「気がついたらゆら帝しかいなかった」と言わしめるほど。大根さんに至っては、「ヘタしたら黄金期のツェッペリン超えさえしてるんじゃねえかマジで」ときたよ。
ただただ圧倒されるだけの2時間強。陶酔を許さない、ひたすら覚醒をうながすロックンロール。「空洞」というキーワード。いまこれを聴かないでなにを聴けと。
Songs in the Key of Z』にも登場し、運営資金をカンパするためにヨ・ラ・テンゴが毎年即興カバーライブを行っていることでも有名なニュージャージーのラジオ局・WFMUのサイトでゆら帝の最新スタジオライブ音源が聴けます。

12月13日、ギフト2@いわきSONIC
スーパーひたち号に乗っていわきまで。福島のライブハウス、いわきSONICの7周年記念の2日目へ。出演は銀杏BOYZ、友部正人、eastern youth、マーガレットズロース。
ハコの雰囲気、観客の熱気、出演者の気合いが見事に絡み合ったライブイベント。マーガレットズロースの「べいびー」、eastern youthの研ぎ澄まされた日本刀のようなサウンド、友部正人の「SPEAK JAPANESE,AMERICAN」、銀杏BOYZの「BABY BABY」が図らずも一連の流れになっていて面白かった。
銀杏BOYZスタッフブログの写真がライブの熱さを伝えております。
それにしても、予約までしていたのに、いわきから帰るのが遅れて「五反田団といわきから来た女子高生」を見逃したというのがなんとも……。

12月15日、豊田道倫ライブ@渋谷O-nest
毎年恒例になってきた年末の豊田さんのO-nestライブ。
某誌にも書いたが、長年、豊田さんの音楽を研ぎ石のように聴いてきた。それが最近はちょっとづつ変化してきたような。直裁な言葉で話していたい。朝まで笑っていたい。そんな当たり前のことを確認するために豊田さんの音楽を聴いている。
ラフでポップな夜。思わぬ人たちにも大勢会えた。
ミックスナッツハウスの林くんに待望のデビューアルバム『Goodbye the TV show』のとびきりポップな音源を聴かせてもらった。前野健太くんにニューアルバム『さみしいだけ』のいかしたジャケット(イラスト担当・本秀康先生! デザイン担当・TOKYOHELLOZの寺澤くんもナイス仕事!)を見せてもらった。豊田さんの『POP LIFE』とあわせて、いずれも素晴らしき2009年の幕開けを飾るアルバムとなるだろう。

12月18日、TWIN TAILライブ@渋谷O-EAST
豊田さんのライブでは豊田利晃監督に再会できたのが本当にうれしかった。
TWIN TAILは、中村達也(ds)、照井利幸(b)、勝井祐二(violin)に、映像として豊田監督が加わったバンド。映像が音楽に従事するのではなく、あくまで音楽と映像が父なるイメージの異母兄弟として、ツインテイルとして、ステージ上で絡み合う。だからこそライブを体感する必要がある――。という前置きはさておき、豊田監督が自らの映画からガンガン映像をフィーチャーしてくるのを目の当たりにするのは、じつにたまらないものがあった。たぶん現在進行形の映画のものもあって、それらを豊田監督が繋いでいく手つきをリアルタイムで体感するなんて、どんだけ贅沢な体験なんだ。
アンコールが終わって、ラストショット。僕らのよく知っているあのキャラクター、あの一言が大写しに。タモリの言葉なんかも思い出しながら。すなわち、「これでいいのだ」と。

12月23日、HARAJUKU PERFORMANCE+SPECIAL@ラフォーレミュージアム原宿
共通点は「パフォーマンス」というだけで、従来の枠組みを取っ払い、現在進行形の「名づけえぬもの」をあぶりだそうとする好企画。
2日目の「VOICE & PHYSICAL」DAYへ。出演者は山川冬樹×飴屋法水、contact Gonzo、珍しいキノコ舞踊団、KATHY、伊東篤宏×東野祥子、室伏鴻(出演順)。
いずれも素晴らしいパフォーマンスだったのはもちろんのこと、特に印象に残ったのが照明だ。ずっと光のことを考えていた。
過ぎ去りし運命や歴史を凝縮してみせた山川冬樹×飴屋法水の退廃的な電飾、大道具の撤収からシームレスに移行したcontact Gonzoのフラットな明かり、珍しいキノコ舞踊団の茜色のノスタルジー、KATHYが暗闇に垣間見る夢……。
極めつけは蛍光灯の高い色温度を自在に操る伊東篤宏と、そのなにもかもを日常に引き戻してしまう青白い光を浴びながら、受動性と能動性のフリクションを提示してみせた東野祥子のダンス。ゆらゆら帝国に通じる空洞的な身体がそこにあった。パフォーマンスの終わりかけ、伊藤はステージの照明を休憩中と同じ明るさにまで上げることを要求する。ゆら帝を思い出す。陶酔することは許されない。ただ覚醒がうながされるだけである。

12月24日、映画「デメキング」試写
来年3月公開の映画「デメキング」。監督・寺内康太郎、そして監督とともに共同脚本を担当するのは原作者・いましろたかし!
もちろん不安もあった。ただでさえ幻のカルト漫画と言われた「デメキング」である。B級テイストの低予算カルト映画(それはそれで嫌いではないが)になってしまう危惧も、なかったと言ったら嘘になる。
しかしである。これがとんでもない、ゾクゾクするような傑作となった。漫画「デメキング」の映画化ではない。見事に「デメキングをめぐる映画」になっていた。ネタバレとなるので現段階でこれ以上は控えるが、唯一言えること――デメキングとは何か? デメキングは「映画」である。これからあなたが劇場で目撃するものである。

12月25日、『キレなかった14才(ハート)りたーんず』キックオフ・パーティー@千駄ヶ谷LOOP→LINE
よくわからないまま、誘われるまま会場へ。いやーぬるかった。宮沢章夫さんがこんな日記(12月25日)を書くぐらいぬるかった。でもこれがいまっぽいのかもしれない……。
ニューヨークで聞いて「なるほどなあ」と思ったことがある。たとえばGANG GANG DANCEってパーティロックなんだよって。GANG GANG DANCEとか、日本だとO-nestとかそういライブハウスで観たりするわけだけど、彼らは、地元のブルックリンだと、友達のやってる中華料理屋を貸し切って、内輪(といってもそこには最先端のファッションデザイナーやエディターや映画監督なんかがやってくるわけだけど)のパーティみたいな感じでやってるらしいと。それがいいとか悪いとかでなしに、それに本当にGANG GANG DANCEがそうなのかどうかということでなしに、以前から快快なんかに抱いていた、「どうも30絡みの俺とかにしてすでによくわからない新しい感じが出てきたぞ」みたいな、考えようによっちゃどうでもいいことだけど(細かい年代差だし、ようするにプラチックスってことでいいのかもしれないわけだし)でもちょっと気になるみたいな感じに、なんとなく手がかりがつかめたような気がしたものだった。
だからLOOP→LINEの扉を開けた瞬間、そこにDJブースがあって、酒があって、大人たちが居心地悪そうにしている感じを目の当たりにして、「うわーきたーパーティロックだー」と感慨深くなってしまった。
とにかくみんなだらだらしていて、シームレスで、ちょっとパフォーマンスみたいなこともあるんだけど、演者と客席を分かつことなく照明がフラットに当たったまま。パーティだ!(ジョーカーの口調で)
これで、本公演はちゃんとした劇場で、従来通りの照明でやります、なんてことになったらガッカリだな。手巻き寿司を振る舞うくらいでないと。

12月28日、立川志らくのシネマ落語特別編vol.2@紀伊國屋ホール
立川志らくが本気である。談志の体調不良、談春の躍進などいろいろ要因はあるのだろうが、とにかく本気である。
「たいこ腹」と「天災」を踏まえての、あまりにも見事な、リラクシンなシネマ落語、「ゴッドファーザー」。演り終えての一言。
「シネマ落語は遊びです」
遊びと言い切れるからこそ「シネマ落語」を存分に楽しむ余裕ができた。そして来年は本気で古典を磨き上げるつもりなのだろう。
談春もいい。志の輔だって素晴らしい。でも、談志のイリュージョンを、その先を、見せてくれるかもしれないという希望は志らくにしか持てない。
いよいよ志らくが本気である。

12月30日、エクス・ポナイト VOL.3@渋谷O-nest
忘年会からのハシゴで、トリのフルカワヒデオプラスのみ観戦。
古川日出男の朗読ギグをごくごく初期から見続けているが、いまだにこの凄さをうまく言葉に言い表せないでいる。いや、本当は「凄い」のかどうかだって、わかっていないのかもしれない。そして、そのよくわからなさこそが、凄いと思う。
大喜利で身を立てようとする若者たちを知っている。ラップのフリースタイルで闘う連中もいる。言葉が武器になる。言葉が存在証明になる。
ミュージシャンでも、芸人でも、詩人でも、パフォーマーでもない。小説家の言葉がハンパない。そのことを身をもって知らしめている古川日出男はとにかくかっこよすぎる。

では、よいお年を。

2008/12/17

マッスル座談会

またずいぶんと間があいてしまったので、いろいろ書き付けておきたいこともあるのですが、ひとまずそれはおいといて――。

いま売ってる雑誌「SPA!」で、写真家の石川直樹さん(祝・開高健ノンフィクション賞受賞)のロングインタビューをやっております。字数ギリギリまで詰め込みました。チェックしていただければ幸いです。

それから、やはりいま売ってる雑誌「BUBKA」で、マッスル坂井さんのロングインタビューもやってます。
マッスルおよびマッスル坂井を知らない読者に向けてのものなので、わりとオーソドックスなインタビューではありますが、こちらもよろしかったらぜひ!

で、いい機会なので、以前、「Quick Japan」でやったマッスル特集の際の原稿と座談会を(参加者の方たちに許可をいただいたので)アップしておきます。ちなみに特集ではこれらの原稿以外に、「マッスルハウス6」誌上レポートと、マッスルヒストリー全解説もセットでした。
「BUBKA」のマッスル坂井インタビューとあわせて読んでいただければ幸いです!

踏み越えるプロレス――マッスルの現在形
文=九龍ジョー

2年半ぶりのマッスル特集となる。
おさらいをすると、マッスルとはDDTプロレスリングの所属レスラー・マッスル坂井が代表をつとめる実験的プロレス興行のことだ。
プロレス、といってもいわゆる普通のプロレスではない。試合が途中でスローモーションになったり、しゃべり場になったり、笑点の大喜利になったりする。選手にドッキリをしかけたりもする。
しかし、マッスルを紹介するのに、そのような過去のアイデアを挙げていくことはもはや有効ではない。1年半前の時点では革新的だったこれらの試みも、今やプロレスのリング上でそれほど珍しいことではなくなってきた。マッスルが切り開いた地平に、続々と入植者が現れたというわけだ。その是非についてはここでは問わない。プロレス専門誌ではないので。
肝心のマッスルはといえば、むしろプロレスそのもの(ようするにリング上でちゃんとプロレスをすること)に向き合うことで、一度築いたマッスルの世界を仕切り直そうとする1年半だったような気がする。

ずばり、マッスル坂井にとって「プロレス」とは、ドキュメンタリー作家・原一男にとっての「キャメラ」がそうであるように、あらゆる壁を、距離を、ボーダーを、遠慮なく踏み越え、挑発し、生身の人間がまとう「劇的なるもの」を最大限に引き出すための武器なのだと思う。あるいはそのための装置。
あるときは演劇的と言われ、またあるときはドキュメンタリー的と言われたりするのも不思議なことではない。むしろ、優れた演劇や優れたドキュメンタリー、さらには優れたバラエティ番組がそうであるように、マッスルもまた、それらと種を同じくする「面白さ」や「スリリングさ」を共有しているからだ。
その種とは、たとえばこんな「二重性」のことだ――。

「舞台の上できみが見る死体(もちろん、もっとも有名な例は『ハムレット』の終幕だ)、舞台上で見るあらゆる死体はみな息をしている。もしそれが本当に素晴らしい『ハムレット』なら、観客は涙を流すだろう。役者たちは当然死んでいないと理解しているのだからおかしなことだが、それでもひとは揺さぶられて涙を流させられる。観客は世界を批評的に見させられるんだ。……『エンジェルス・イン・アメリカ』の映画版で、製作者たちがワイヤーをデジタル処理で除去しようとしたとき、僕たちは大論争をした。なにしろワイヤーこそが重要なんだ。公演日程の終わりごろには、引き具に吊された不幸な女優の背中は壊れそうになっている。でも、もしそれがほんとうにすごい芝居であれば、見ている人はそれがリアルじゃないと知りつつ、超自然的で魔術的な何かを見ている感じをもつ。この二重性――それこそが、生を理解し、生に到達するための唯一の方法なんだ」
(トニー・クシュナー/劇作家)

とにかくマッスルついてまだまだ多くの人に知ってほしいと思う。
今、こんなにも切実で、面白く、「なんだかよくわからないもの」もそうはないから。


■マッスル・プレゼン座談会
「マッスルについて考えることは喜びである」


【出席者】
マッスル坂井(プロレスラー、マッスル主宰)
松江哲明(ドキュメンタリー作家)
左近洋一郎(漫画家、ルノアール兄弟・原作担当)
上田優作(漫画家、ルノアール兄弟・作画担当)
【司会・構成】
九龍ジョー

――マッスルは一度、「Quick Japan」で特集していて、そのあともマッスル坂井さんには対談に登場してもらったり、原稿を書いてもらったりしているわけですが、いまだにどうもマッスルってなんなのか読者に伝わっていない気がするんです。
坂井 なるほど(笑)。
――けっきょくマッスルって幅広い切り口があるがゆえに、なかなかその実体を伝えるのが難しい。と同時に、その幅の広さ自体がまたマッスルの魅力でもある。なので、今回は例えば「内村さまぁ~ず」とかを目あてに「Quick Japan」を手にとってしまった読者の方々にもアピールするようなかたちでマッスルの魅力をプレゼンしてみたいと思うんです。
坂井 よろしくお願いします!

●「あるある」よりも「ないない」が面白い

――というわけで、まずはドキュメンタリー作家の松江哲明さんにマッスルにはまったきっかけから聞いてみたいなと。
松江 僕はあれですね、「Quick Japan」の前回のマッスル特集で森(達也)さんが「マッスルは面白い」って言ってたじゃないですか。森さんって今でこそ立派な文化人みたいにとられてますけど、もともとは「電波少年」みたいなバラエティ番組が大好きな人なんですよ。で、久しぶりにそういうモードの森さんだったので、このマッスルっていうのは相当面白いんだろうなと思ったんです。それですぐに後楽園ホールで「マッスルハウス4」を観戦して……もう完全に嫉妬ですよ。悔しくて。まず面白かったし、しかも方法論が僕と似ていたんです。森さんも指摘しているように「ドキュメンタリー」をうまく利用しているってところで。しかもナマじゃないですか。仕掛けたっぷりのフェイク・ドキュメンタリーを、観客まで巻き込んでやっちゃうっていう。びっくりしましたよ。僕はプロレスはほとんど見ないんですけど、昔ちょっとテレビでWWE(アメリカのエンタメ・プロレス団体)を見たことがあって、でも、それとも全然違っていた。
――マッスルの場合、坂井さん個人の作家性が前面に出てきますからね。
松江 そうなんですよ。WWEの場合は、演出家よりもプロデューサーありきって感じがしますね。ハリウッド的というか、観客のほうを向きすぎている気がしました。
坂井 WWEは「エンタの神様」っぽいんですよ。あの番組によく出てくる「あるあるネタ」って、ギャグは芸人の口から発せられた瞬間に視聴者のものになるっていう、言ってみれば商業音楽的な発想じゃないですか。ギャグが、受けとられた時点で「ああ、俺にも身に覚えがある」っていうふうに観る側のものになってしまうっていうのが「あるあるネタ」だと思うんです。サラリーマンのお父さんにとっての「スーダラ節」みたいなもんですよ。「あ、俺のことだ」って。
松江 それってようするに「共感」っていうことだと思うんですけど、僕はその「共感」って言葉が大っ嫌いなんです。受け手に「共感してもらいたい」なんて言ってる表現者はものすごく志が低いなと思ってしまう。
坂井 「あるあるソング」(=リスナーの共感をアテにした曲)ってたいてい安易なバラードだったりしますからね。だったら、僕は「ないない」のほうが好きです。
松江 「ないない」のほうが作家性がありますからね。
坂井 あるいは間違った「あるある」でもいいと思う。「あるある」ってふれこみなのに、聞いてみたらみんなキョトンみたいな。「ないない(笑)」って。それが一番面白いですよ。松江監督の『童貞。をプロデュース』だってそうじゃないですか。「童貞」ってネタとしては「あるある」なんですよ。でもフタを開けてみたら、「こんなに古本とかゴミを漁って集めてるやつなんていないよ」って(笑)。
――たしかに、『童貞。』は「あるある」とみせかけた「ないない」ですよね。

●「わからないこと」をやる

――ルノアール兄弟の原作担当こと左近さんはマッスルとの出会いは?
左近 僕は「マッスルハウス3」のときに観戦漫画を描かせたもらったのが最初です。そもそもプロレス自体をちゃんと観るのが初めてだったので、その熱量というか、高カロリーなところに圧倒されてしまって。ちょうど自分自身、漫画家として、マヨネーズがけみたいな「こってり感」が必要なんじゃないかと思っていた時期だったので、すごくマッチしたんですよ。あと、レスラーのキャラクターを立てる感じが漫画のやり方にも通じるものがあり、その一方で松江さんも指摘したドキュメンタリーの要素もあって。その両方が同時に成立しているっていうのが、すごく魅力的でした。
――作画担当こと上田さんはどうですか?
上田 僕も左近と同じ「マッスルハウス3」から観て、すごく衝撃を受けたんですけど、その次の「マッスルハウス4」でさらに驚かされたんです。「4」からスローモーションの使い方が変わるんですよね。
――スローモーションが効かないっていうシチュエーションが出てきますね。
坂井 「4」は自分のなかで、なんかシフトチェンジがありましたね。ソフトでいうと「ドラクエV」っていうか、ハードがファミコンからスーパーファミコンに変わったような感じがありました。
――松江さんはお気に入りの回がありますか?
松江 僕は「マッスルハウス5」ですね。あんなに泣いたのは久しぶりでした。じつは、事前に僕のインタビュー本(『童貞。をプロファイル』)の取材で坂井さんにインタビューしたときに726選手の奥さんが亡くなったことを聞いていたんです。ドキュメンタリーって、もちろん「演出」とか「嘘」もあったりするんですけど、現実の人を扱っている以上、その人のプライベートも含めて作品に映ってしまうんです。だから、そういう人が急にこの世からいなくなっちゃうっていうのはものすごくショックだったと思うんですよ。それが分かっているから、僕には「作品に昇華したらいいんですよ」なんてことは絶対に言えなかった。当日になっても、坂井さんが726選手の奥さんの死をマッスルの作品として昇華するっていうことは、僕の念頭にはまったくなかったんです。だから、目の前で726選手のくだりが始まった瞬間、「うわっ、やっちゃった!」っていうのがあって。それがどう決着するのかっていうことよりも、まずその「やっちゃった!」っていうことが「すごい!」と。いいとか悪いとか、正しいとか間違ってるとかじゃなく、今はこのやり方しかできないっていうものを、まざまざと、しかもナマで見せつけられたっていうのが衝撃で、もう涙が止まらなくなってしまったんです。
坂井 あのときは自分でもどうなるかわからなかったですからね。
松江 プロレスだからこそっていうのも思いましたね。鈴木みのる選手と高山(善廣)選手っていうものすごく強いレスラーたちが726選手の前に立ちはだかるじゃないですか。そこが誠実だなって思ったんです。ネタじゃなくて、ちゃんと「プロレス」っていう表現の上で闘ってるじゃないですか。
上田 僕も現場で観ていて、あれがほとんど神話の世界に見えたんですよ。小さな若者があんな恐い大男たちと闘わなきゃいけないっていう試練。こんな不条理ないよなって思ったんです。でも、よくよく考えてみたら、それを見ている僕たちだって変わらないんですよ。「人が死ぬ」っていうことも含めて現実は不条理に満ちていて、726があんな鬼みたいな人たちと闘わなければいけないのと、みんな同じなんじゃないかって。
――あの回はたしかに衝撃的でした。「わからないこと」をわからないままにやっている。それはすごいことですよ。ただ、お客さんの間では賛否両論だったらしいですね。
坂井 まあ、ああいうものを求めていないお客さんはいますよね。かなり強い口調で「マッスルにそんなものは求めてない」「エンタメとして失格」「考え直すべきだ」みたいなことを言う人もいて。
上田 最近はそういう人が多いんですかね? 自分の思った通りにならないとすぐ文句を言うような。
――モンスター・ペアレンツならぬ、モンスター・オーディエンス。世の中的にも、ああいう誰にも答えの出せない「よくわからないこと」への耐性はどんどん弱くなってる気はしますね。
松江 ちょうどこないだある雑誌の編集者が言ってたんですけど、最近のアンケートはがきで多いのが、「面白かった記事」は自分の知ってることが書いてある記事で、「つまらなかった記事」は自分の知らないことが書いてある記事っていう。自分の知らないことに興味を持たないだけならまだしも、それを「つまらない」と切り捨ててしまう。
――雑誌編集者の実感として、どこの雑誌でもその傾向はあるような気がしますね。
松江 例えば、いまここで僕たちがマッスルについて語っているのも、ようするに知らない人に面白さを伝えるためなわけですけど、あらかじめマッスルを知っている人しか読んでくれないんだとしたら意味がなくなってしまうわけですよね……。
――その通りですよ(笑)。でも、やるんですよ。

●レンタル世代とチャプター世代

松江 そうだ、坂井さんってレンタルビデオとかよく借りていました?
坂井 学生のときはよく借りていましたね。
松江 僕、マッスルを初めて見たときに「レンタルビデオっぽいな」って思ったんですよ。さっき左近さんが言ったように、マッスルっていろんなものがミックスされてるじゃないですか。僕らより上の世代は名画座とかで強制的に2本立て、3本立て映画を見てた世代。僕らの時代になるとそういう映画館も少なくなってきて、レンタルビデオでAVもスピルバーグも『エヴァンゲリオン』も一緒に借りてくるみたいな感じじゃないですか。そうすると『エヴァ』を見たあとに黒澤映画を見たりとかする。過去も、現在も、アニメも、映画も、AVも関係なく、いろんなジャンルの作品を一緒に見ますよね。僕がつくる作品はあの感じを意識してるんですよ。いろんなものがミックスされた感じ。マッスルも漫画ネタとか完全に同世代だと思うんですけど、その漫画ネタのミックスの仕方そのものが同世代だなって思ったんです。
坂井 その感じはかなりよくわかりますね。
松江 それが僕らより下の世代になると、もっとDVDっぽくなっちゃうのかなって。チャプター向きというか、見せ場しかないみたいな。『マトリックス2』を観たときにそう思ったんですよ。2時間の映画じゃなくて、10分の見せ場がたくさん入ってる映画っていうか。チャプターで見るのにちょうどいい。
坂井 「レッドカーペット」みたいなものですよね。
――「レッドカーペット」はいつどこから見てもいいですからね。
坂井 「マッスルハウス6」の前半で「レッドカーペット」っぽいことをやったわけですけど、現場で1時間もあんなのが続いて、「ちょっとこれは長いかも」とも思ったんですけど、編集するためにモニターで見たら、全然見れてしまうんですよ。逆にみんな面白く見えてきて、むしろなんかムカついてきて(笑)。
松江 そうなんですよね、あの見せ方だと意外と見れちゃうんですよね。
坂井 我ながら怖かった。おいしいところだけを集めるやり方だと、意外と見れてしまうんだって。これはよくないぞ、と。
松江 あの「マッスル版レッドカーペット」に出場した選手数、45人って聞きましたけど、本当は40人の場合と45人の場合でちゃんと差が出なきゃいけないと思うんです。
坂井 それが、編集の段階で1人切って(編集でカットして)も、2人切っても、変わらなかったですからね。
松江 そこが怖いんですよ。AVでも「ぶっかけもの」をやるときに、汁男優の人数が100人と120人とじゃ、ちゃんと違いがなきゃいけないんですよ、本当は。でも、今はだんだん麻痺しちゃって、たんに数が多ければいいってことになっちゃってる。
上田 20人だって、精子の数にしたら相当な数ですよ。
――億兆どころの騒ぎじゃないですね(笑)。
坂井 そもそも本来からしたら、「レッドカーペット」をやったあの前半部は間違い企画であるべきなんです。プロレスでフィギュア・スケートをやってみました、でも失敗しました。笑点みたいな大喜利をやってみました、失敗しました。そうやって、常に前半部でフラストレーションを貯めておいて、後半部のラストで爆発させるみたいなことをやってきたんですけど、「マッスルハウス6」に関しては、前半部の企画(「レッドカーペット」)がわりとそれはそれで見れてしまう、みたいな。
松江 そうなんですよ、あれはあれで面白いのは否定できない。だから、マッスルは、テレビのバラエティ番組とかを意識していくなかで、一度はああいうチャプター的な見せ方に向かう必要があったと思うんです。ただ、坂井さん自身はあれのヤバさに気づいているわけで、じゃあここからどうするかですよね。

●ナマで見る「めちゃイケ」

――バラエティ番組といえば、松江さんはよくマッスルを「ナマで見る『めちゃイケ』」って喩えますよね。
松江 よく「マッスルって何なの?」って聞かれるんですけど、プロレスって言っても伝わらないんですよ。僕自身もプロレスがわかっているわけじゃないし。だから一番わかりやすいのは、「ナマで見る『めちゃイケ』だよ」って。そうするとみんな「面白そうじゃん!」って。
――そこで言う「めちゃイケ」っていうのはどういうイメージなんですか。
松江 場合によっては坂井さんも仕置き人として出演している「色とり忍者」だったりもするんですけど、一番大きいのは、2時間スペシャルでやる大仕掛けの「濱口ドッキリ」とかですね。
――マッスルハウス2」は完全に「濱口ドッキリ」でしたもんね。しかも、観客も仕掛け人を演じさせられるっていう。
坂井 あれは僕のなかでもかなり理想形に近い興行でしたね。
――あんな体験は、テレビ番組でも演劇でも味わえないと思うんですよ。
松江 お笑いライブでもできない。僕はあれをDVDで見たんですけど、あの場にいられなかったのが本当に悔しくてしょうがなかったです。あれですよ、僕、ワールドカップとか全然興味ないんですけど、スタジアムで青いユニフォームを着てサッカーを観るのが好きな人たちっているじゃないですか。ああいうノリの人がマッスルを見たら、絶対に面白がると思うんですよ。
――あとはもっと女性が観にくるようになるといいと思うんですよね。プロレスっていうだけで男の子のものだと思われてしまう。その点、松江さんの『童貞。』なんかは、劇場の女子率がずいぶん高かったですよね。
松江 今の若い世代は女子のほうが行動力がある気がしますね。
坂井 いっそこの対談も、左近さんが女性っていう設定にしましょうよ。会話も全部、女言葉にして、名前も「左近洋子」ってことで(笑)。
左近 そのほうが読者が入りやすいのであれば異存はないです(笑)。
――そういえば、ちょうど漫画家の大橋裕之さんがこのあいだ初めてマッスルを観たんですけど、大橋さんが驚いていたのが、1回の興行で1つのストーリーを消化してしまうってことだったんですよね。毎回イチからアイデアを組み立ててるって聞いて、驚いてました。
松江 それは僕も思ってました。なんでマッスルって、次につなげていかないんだろうって。最後に他団体のレスラーが殴り込んできて、「次は何月何日にどこそこで決着つけるぞ」みたいなのが、わりとプロレスのお約束なんじゃないですか? なのにマッスルって、1回1回ちゃんと終わらせて、「ありがとうございました」って挨拶までしてる(笑)。
坂井 そもそも、本来なら3回くらいに分けてやるべきことを1回にまとめてやってるから、面白くなってるだけなのかもしれない(笑)。本当は10時間かかることを3時間でやったりするから、どうしてもちょっとした不条理とか、矛盾が起きてきたりして、そこがギャグになるんですよ。
松江 ありえないことをしようとするから、当然ミスも起きますよね。でも、そのミスも狙っているわけですか?
坂井 まさにそうです。そこを笑いにしたいんですよ。
松江 やっぱり。それはすごいことですよ。例えば、一方で、プロフェッショナルを追求してミスを排除していくっていう方向性もありますよね。でも、マッスルってわざとミスが起きるような状況をつくっているのかなって気がしてたんですよ。
左近 そこがやはりドキュメンタリー的な面白さなんですよね。
松江 でも、これは活字になると伝わりづらいんだろうなあ。失敗することの面白さとか、ミスを誘発させる面白さっていうのは。
――そこなんですよ。例えば、以前「Quick Japan」でマッコイ斉藤さんと坂井さんにお笑いDVDにおけるフェイク・ドキュメンタリーの面白さについて話してもらったんですけど、あの空気感を説明するのがなかなか難しくて。へたに丁寧に説明してしまうと、「それってヤラセでしょ」の一言で済まされてしまう。
松江 たしかに森さんとかが単行本でさんざん「ドキュメンタリーというのは主観的表現だ」って書いても、『靖国 YASUKUNI』騒動とか見てると、いまだにドキュメンタリーの客観性がどうのこうのって議論になっている。テレビ東京で「ドキュメンタリーは嘘をつく」(森達也主演によるドキュメンタリー啓蒙番組。松江は編集を担当)を放送したときも、「嘘をつく」って言ってるのに、「でもホントなんでしょ?」っていうことを言われたりして。つくづく作品単体でそのことを伝えるのは難しいんだなって思いました。結局、視聴者なり観客なりが自分でフィードバックしてくれないとダメなんですよね。だから一番よかった感想は、「『ドキュ嘘』を見たあとにニュース番組を見たら、なんか今までとまったく違ったものに見えました」っていう。
――マッスルも、一度観たら、他のプロレスの見方が変わりますからね。それも面白いほうに変わりますから。むしろ今までよりもプロレスが輝いて見えるようになる。
坂井 だからこそ、プロレスはすごいんですよ。

●『サルまん』プラス『編集王』

上田 僕はマッスルを観て、自分はこういう漫画が描きたかったんだなって気づかされたんです。キャラ同士がぶつかりあうテンションの高さがあって、それでいてプロレスを使いながら、プロレスというジャンルそのものにも言及していく感じが。
坂井 それは『サルまん』(『サルでも描けるまんが教室』)なんじゃないですか(笑)。
上田 まあ、『サルまん』なんですけど(笑)。それに加えて、最後にはプロレス愛みたいなのもある感じが『まんが道』とか『編集王』的でもあり。『サルまん』と『編集王』が一体化したような感じ……まあそんなことは無理だと思うんですけど(笑)、それがマッスルでは成立していて、しかもナマで「バチンッ」って音がするなかで成り立ってるっていうのがすごいなと思ったんです。これをなんとか漫画でできないかなって。
左近 そう、マッスルを観てから、肉体的なギャグはどんどんやっていこうって思いましたね。やっぱりぶつかり合いっていうか。
坂井 僕は、ルノアール兄弟が描いてくれる自分の姿が、まさに理想する自分のフォルムなんですよ(笑)。
上田 ついアゴの線を入れちゃうんですよね。
坂井 三道があるっていうのは大仏と一緒ですよ。あのイメージで、高齢者とか観光客の人気もつかんでいきたいですね。
――ライバルは「セントくん」であると(笑)。松江さんはどうでしょうか。マッスルのプレゼン作戦としては。
松江 マッスルはDVDで観ても面白いんですよ。一本の作品として見れる。やっぱりドキュメンタリーですよ。冗談じゃなくヤマガタ(山形国際ドキュメンタリー映画祭)とか出品したら、いい線いくんじゃないかと思いますよ。
坂井 マジッすか!?
松江 マジです。だって、マッスルは劇場で上映しても面白いものだと思うから。ちゃんと外を向いてるんですよ。初めての人がいきなり観てもわかる。例えばプロレスを全然知らなくて「鈴木みのる? 誰それ」っていう人が観たとしても、「ああ、この人はすごく強いレスラーなんだな」っていうのがちゃんと伝わる。僕がマッスルのDVDについて常々「これはドキュメンタリー作品です」って言ってるのは、それがあるからなんです。
――というわけで、とにかくまずは試しにDVDでマッスルを観てほしいですよね。それでもしよかったら会場にも足を運んでいただければ、と。
坂井 完璧なプレゼンになったじゃないですか(笑)。

(初出:「Quick Japan」2008年6月号)

2008/11/09

東京のボンボン

最近のいろいろ

◆ルノアール兄弟先生の『おれは魔物とくらしてる』発売記念イベント@阿佐ヶ谷ロフトA、大盛況。写真レポ(10月27日)にもあるように、ハッピーで笑いに溢れたいいイベントになったと思います。これもひとえにご来場いただいたみなさま方と出演者のみなさま方のおかげ。ホントにありがとうございました!

◆ポレポレ東中野で『デコトラ・ギャル奈美』鑑賞。噂にたがわず素晴らしき映画。散骨あとのセックスシーンの息を呑む美しさよ。
トークショーで登場した城定秀夫監督、40半ばぐらいの方を想像していたら、自分とたった一歳(向こうが上)しか変わらなくて驚く。
打ち上げの席で飛び出した松江哲明監督の名言の数々(「ブルーレイの次は、もう3Dしかないよ!」「おれだって歌手になりたいよ!」などなど)に爆笑。

Omuni◆ハイバイ「オムニ出す」@リトルモア地下。2日間に分け、「常(いつもの)」「仏(フランス)」/「星(SF)」「落」の4演目を。

ずっと見逃していることを痛恨に思っていた「常(いつもの)」こと、「ヒッキー・カンクーントルネード」をついに観られたのがうれしかった。予想にたがわぬ良作で、さらにうれしい。スタナー!

かつて東京デスロックの「3人いる!」を立川談志の落語と並べて評したことがあったので(こんな僻地ブログを岩井さんが見ているとは思わないが)、「落」にはいろいろ思うところあり。オチも談志師匠とある意味かぶってたし。
たしかに落語は演劇の根っこだけど、落語が内包するリズムとメロディの要素(落語っぽい語り口という意味ではないです。念のため)をまったく落としてしまっていたのは残念。東京デスロックのほうには、ちゃんとそれを感じたから。あと、冒頭のピンクローターネタ、今年のDDTビアガーデンプロレスでの怪談新沼袋デスマッチとかぶっていました(ダメだしばかりですみません……)。

◆ハモニカ横丁の行きつけのバーの店員、石指拓朗くんがダーチャで弾き語りライブをやるので、コーヒーを飲みがてら観に行く。なぎら健壱やムッシュなど絶妙な選曲のフォークカバーライブ。「時代おくれ」はホント名曲だよね。

◆その他、いろいろ試写みたり、お茶したり、おしゃべりしたり、吉祥寺(か、たまにシモキタ)で連夜飲んでたり(近くにお寄りの際はぜひご連絡を!)。

◆園子温監督の新作映画『愛のむきだし』がすごい!
映画でしか味わえない地鳴りのようなカタルシスが何度となく襲ってきて、4時間近くありつつも、まったくそれを感じさせない。驚愕の映画体験。来年お正月公開予定。

Tfs◆赤い疑惑『東京ファミリーストーリー』ばかり聴いている。何度も何度も。
「何となく悲しくて 何となく人生 何となく悲しくて 終わりがあること知っているのに何だか楽しい」

◆明日は誕生日。気がついたら32、俺の東京ファミリーストーリー。明日は一件取材こなしてから、文学フリマに顔を出して、それから赤い疑惑のライブを観にゆこうと思う。neco眠るのレコ発ライブ@新大久保EARTHDOM。お時間のある方はライブハウスで会いましょう。

時代おくれ

2008/10/24

童貞界にキューバ革命を

Wtc◆さきほどニューヨーク取材より帰国。海外旅行自体がほぼ初めて(小さい頃に一度、ハワイに行ったことがあるのみ)なのでなにをするにも「はじめてのおつかい」状態だったけど、かなり濃密で充実した時間をすごすことができた。
取材内容については、一緒に行った(そしてまだ向こうに残っている)磯部涼がいくつかの媒体に書くはず。もしかしたら自分でもどこかに書くかも。
写真は9・11で崩壊したワールドトレードセンター跡。

ニューヨークは土地の雰囲気が東京に似ていて(向こうで会ったニューヨーカーも東京に来て同じことを感じると言っていた)、ざっくりと掴んだ印象だと、マンハッタンは銀座、ブルックリンは下北沢とか吉祥寺、ニュージャージーは赤羽。勝手に言ってるだけだけど、だいたいそんな感じでいいと思う(ホントか!?)。

それにしても時差やばい! 時差ボケとかもそうだけど、完全に帰国日の計算を間違えて、22日のSPOTTEDイベントをドタキャンしてしまった。ナヲイさんおよび皆さま方、本当にすみませんでした!!

◆帰国して早々ネットしてたら、朝日新聞にルノアール兄弟『おれは魔物とくらしてる』の書評が掲載されているのを見つけた。
「登場人物はみな、(世間的にみれば)社会的立場は弱くとも、ワンアンドオンリーな世界観を持ち、かつ、どこか気高い」。
そうそう、この気高さがいいんだよな~。

27日(月)の発売記念イベントもお楽しみに!

2008/10/18

おれは魔物とくらしてる

◆タワレコイベント2連発、大盛況のうちの終えることができました。
お越しいただいた方々本当にありがとうございました!!

1日目の吉田豪さんによる豪華解説付アイドルカバーDJ&ECD×イルリメ×磯部涼によるライブセット。
どちらも営業中のタワーレコード店内というシチュエーションとあいまって、かなりとんでもない空間が現出していたと思います。自分で言うのもなんですが、目撃できた方はたいへんラッキーだったのではないかと。

トークショーも吉田豪×磯部涼という対称的な(それでいてどちらも素晴らしい仕事をしている)二人が話すことで、絶対ほかでは聞くことのできない、有意義な内容だったのではないかと思います。

2日目はタワレコの店員さんを悩ませていた幽霊を、マッスル坂井さんが見事に除霊。しかも本物のアーティスト、インタレスティング・タケシ氏が登場し、まさかまさかの尾崎豊(&『編集者という病』)祭り。ひたすら楽しかったです!

Renor◆タワレコに出現した幽霊が非常によく似ていたというルノアール兄弟先生の新刊 『おれは魔物とくらしてる ルノアール兄弟作品集』 が絶賛発売中です。

ルノアール兄弟先生に駄作なし! ですので必読の書であるのは言うまでもなく、漫ぶらぁ~・大西祥平氏をして、
「これはルノアール兄弟のホワイトアルバム……もとい『NUDITY』だ!」
と言わしめるほど、彼らの“生”の芳香が漂ってくる、珠玉の作品ばかりを収録。この米光一成さんのレビューも最高なのです!

発売を記念し、10月27日(月)に阿佐ヶ谷ロフトAにてイベントも開催されます!!
ルノアール兄弟作品集発売記念イベント
「おれたちは魔物とくらしてる!」

【日時】
10月27日(月)
開場18:30/開演19:30

【場所】
阿佐ヶ谷ロフトA(03-5929-3445)
JR中央線阿佐谷駅パールセンター街徒歩2分

【料金】
前売¥1,800/当日¥2,000(ともに飲食代別)
※前売チケットは9/27(土)より、阿佐ヶ谷ロフトA店頭もしくは
電話予約(03-5929-3445)、中野タコシェ、吉祥寺バサラブックスにて発売中。

【出演】
ルノアール兄弟(左近洋一郎、上田優作)
大西祥平(漫ぶらぁ~)
大橋裕之(漫画家)
松江哲明(ドキュメンタリー作家)
マッスル坂井(プロレスラー)
ほか

【映画上映】
『A・Y・A・K・A』(30分/2008年)
監督:大橋裕之
出演:前野健太、小林郁香、左近洋一郎

【ライブ】
前野健太

【司会】
九龍ジョー(ライター/編集者)
サノカエ(ライター/編集者)

【協力】
SPOTTED PRODUCTIONS
Ayaka01なんとこの日は、やはり今をときめく漫画家である大橋裕之先生の初映画監督作品『A・Y・A・K・A』も上映。
ルノアール兄弟・左近氏が銀幕デビューを果たした作品でもあります。

他にも前野健太さん(『A・Y・A・K・A』主演)のライブや、大西祥平さん、松江哲明さん、マッスル坂井さんなどルノアール兄弟先生ゆかりの方々によるトーク(&サプライズ)も用意しておりますので、ぜひとも足をお運びいただければ幸いです!

◆で、ぜんぜん関係ないですが、本日朝イチより取材でニューヨークに行ってまいります!
物心ついてから初めての海外旅行なもので、かなりテンパっています。連日のイベントづくし&通常業務に追われ、まだなにも準備していないという。 出発まで残り1時間強……。

2008/10/14

●●と音楽

世界恐慌が現実化するやもというさなか、のん気に告知モードで申し訳ないのですが。なぜだか今月、イベントが集中(自分にしては)しておりまして、どれも、ぜひみなさまに来ていただければと願うものでありまして、ここにご紹介させていただく次第です。

まずは今週、タワレコ新宿10周年記念イベントにて、吉田豪さん×磯部涼さん、松江哲明さん×マッスル坂井さん、という二つのトークイベントの司会をやらせていただきます。
どちらも入場無料です!
Shinjuku10th
タワーレコード新宿店10周年記念イベント

■吉田豪×磯部涼トークイベント
【日時】 10月16日(木)18:00~
【場所】 タワーレコード新宿店7Fイベントスペース
【料金】 入場無料

■松江哲明×マッスル坂井トークイベント
【日時】 10月17日(金)20:30~
【場所】 タワーレコード新宿店7Fイベントスペース
【料金】 入場無料
いちおうタワレコの特設サイト(←すげー見づらい!) によると、それぞれタイトルが――
「アイドルと音楽」(吉田豪×磯部涼)
「クリエイター(!)と音楽」(松江哲明×マッスル坂井)
となっておりますが、タワレコ曰く、あまり気にしないでよいとのこと。

ですので、 豪さんと磯部さんには、雑誌界の現状とか、ライター業についてとか、ヤンキー×オタク×サブカルをめぐる文化系っぽい話とか、その他、取材時のディープなウラ(バカ)話なんかを。
松江監督と坂井さんには、お二人の秘蔵映像などを肴に、バラエティ/ドキュメンタリーをめぐる映像やパフォーマンスの傑作をとりあげ、その凄さや魅力、可能性なんかについて語ってもらおうと思っています。
松江さんと坂井さんはその場で映像コンテンツをつくるかも(?)、なんて話も。

以上はあくまで予定ですが、どちらもこの日かぎりのかなり貴重なトークになると思いますので、ぜひとも足を運んでいただければ幸いです!!

そして翌週の水曜には、いま邦画界でもっとも勢い(自転車のペダルを踏む)のあるインディペンデントな映画プロデューサー・ナヲイさんの発行するミニコミ、『SPOTTED701』 のイベントに出演させていただきます。
「SPOTTED701」最新号発売&古澤健生誕36周年記念イベント
SPOTTED701,A-LIVE!【VOL.2】
Spotted7
9月末発売、早くも7号目を迎える不定期ゲリラZINE「SPOTTED701」の発売記念イベント第2弾が開催!
執筆陣の1人でもある古澤健監督の誕生日祝いも兼ねて、今回もライブあり、短編映画の上映あり、公開企画会議ありの盛りだくさんの内容でお送りします!

【日時】 10月22日(水) OPEN 18:30/START 19:30

【場所】 阿佐ヶ谷ロフトA

【料金】 前売¥1,500/当日¥2,000(飲食代別)

【LIVE ACT】
前野健太、見汐麻衣(埋火)

【GUEST】
古澤健(映画監督)
高橋ヨシキ(デザイナー)
松江哲明(ドキュメンタリー監督)
KaoRi(女優/ダンサー)
大橋裕之(漫画家)
坪井篤史(SPOTTED758)
九龍ジョー(フィクサー)

【MC】
直井卓俊(SPOTTED PRODUCTIONS)
篠原友希子(女優)

前売はローソンチケットにて発売中!
【L:39260】
僕自身、いまだ何をすればよいのかよくわかっていない状況(手がかりは「フィクサー」という別冊宝島チックな肩書きのみ)ですが、大橋裕之先生の紙芝居や前野くんと見汐さんのライブ、なにより古澤監督の最新短編の上映などもありますので、ぜひともお越しいただければ幸いです!

なんとCMまで!


そして、さらに翌週となる10月27日(月)には、ついに発売となったルノアール兄弟先生の新刊、『おれは魔物とくらしてる』の発売イベントを開催予定なのですが、長くなってきたので、これについてはまた改めて告知をさせていただきます!

2008/10/12

海が荒れている

光陰の矢のごとし。ラム会長のノド輪落とし。もう10月だよ。

2日、いましろたかし先生&長尾謙一郎先生のイベント@阿佐ヶ谷ロフトA。「マンガの描き方」もといマンガ家という人生。『デメキング』映画化が佳境とのこと。楽しみすぎる!

Akaigiwaku5日、赤い疑惑レコ発ライブ@下北沢ERA。ニューアルバム(大名盤!)にも参加しているアクセル長尾の父上・長尾カズ☆メヒコも登場し、シンプルに力強く奏でられる東京ファミリーストーリー。年甲斐もなく胸を熱くする。ラストの「まだまだ生きていくんだ」が沁みまくる。

6日、マッスル坂井自主興行@新木場1stRING。そもそもマッスル=マッスル坂井自主興行だったんじゃ? というつっこみもありつつ、インタレスティングタケシのリングアナ起用に爆笑。ひさしぶりに腹いたくなったよ。前日キングオブコント優勝を果たしたばかりのバッファロー吾郎と時空を超えて大喜利対決。そしてまさかのミスター高橋登場。いつもより小さな会場で、「自主興行」と銘打つからこそできることがある。坂井さんの興行の組み立て方の核にあるものを見せてもらった。マッスル坂井のホワイトアルバム。

10日、吾妻橋ダンスクロッシング@アサヒ・アートスクエア。ちょっと遅刻して快快の終わりかけから観る。吾妻橋、何度も来てる気がしてたけど、よくよく思い出してみれば第1回以来。なんかそれぐらいにあいまいな感じが心地よい。つまりは90年代のクラブ感覚×パフォーマンスアートだったんだなあといまごろ気づく。

永野はおもしろすぎ

2008/10/01

夏の思い出・8月後半&9月

Boze◆8月14日~18日、鹿児島方面へ旅行。秘境・トカラ列島の悪石島にて、「ボゼ祭り」という奇祭を堪能。ボゼやばいす。金沢での本屋プロレスの興奮冷めやらぬ時期だったので、いろいろ思うところがあった。ライブ、現場感、現前性、いまここ――けっきょくそういうことが、ぐひぐひヨダレ垂らすぐらい好きなんだよなあと。ちなみに悪石島は来年、地球上で今世紀最長の皆既日食(←特設サイト!)が観測されるとのことで、観光客の殺到が予想されており、これを悪石島の「2009年問題」と呼ぶらしい。なんせ人口80人弱の島に千人規模の観光客が来ちゃうかもしれないっていうんだもの。

◆8月27日、サンプル「家族の肖像」@アトリエヘリコプター。観客が上から目線……いや見たまんまだけど、面白かった。内容については、楽しみながら、同時に、いまどきこんな物分かりのよいテーマでいいのだろうか? という不満も若干残った。

◆8月30日、前野健太ワンマンライブ@古本酒場コクテイル。弾き語りでとっぷりと。大江千里とTRFのカバーも素晴らしかった。選曲の妙だと思う。アンコールで「だれかの」をリクエスト。早く音源でも聴きたい曲。

◆8月31日、素敵喫茶店ダーチャのなおさんの結婚パーティ。いせや公園店の2階。らしいなあ。初代バイトこと松倉如子さんの「てんとう虫のサンバ」に笑う。楽しすぎる。心よりお祝い申しあげます。宴が終わり、大橋裕之くんバサラブックスの福井さんと中野へ。タコシェで大西祥平さんに頼みごと。店内で、以前からお会いしたかった武蔵野ヘルスセンターさんを紹介していただく。ミニコミ『どくろく』やフリーペーパー『週刊車窓』を発行しているすごい人。どうもーなんつって大橋くんと吉祥寺に戻ってきたら、バサラブックスでまたもや武蔵野ヘルスセンターさんに遭遇。これはもう一緒に飲むでしょと、ハモニカ行き。したらば帰り、武蔵野ヘルスセンターさん、なんとウチから歩いて1分ぐらいのところにお住まいなのでした。

Nezumi◆9月1日、ねずみバンド・レコ発ワンマンライブ@東高円寺UFOクラブ。この日を待っていた!のに、会社に財布を忘れてオムスビ佐藤くんにチケット代を借りるハメに(まだ返してないので忘れないように)。それにしてもねずみバンド。この日以来のねずみバンド。でもやつらがこの間なにをしてたかなんてぜんぶ知ってるんだぜ。前回は都会の迷子だったね。やつらは迷子の天才なのさ。今宵はついにアジトに潜入。アコースティックギターの穴のなかで聴いたのは、優しさと素直さと残酷さの同居する――つまりは子どもみたいな音楽。いつまでもいつまでも聴いていたかった。というわけで、ねずみバンドの5曲入りスタジオ音源『月と約束』、リリースされました。みなさん聴いてみてください。ミニコミ『spotted701』の最新号にレビューも書かせていただきました。

◆9月3日、吉田豪大生誕祭@阿佐ヶ谷ロフトA。どうにも仕事が片づかず、打ち上げのみ参加させていただく。豪さんには公私ともに本当にお世話になっているにも関わらず、お話をさせていただくときいまだに緊張してしまう。まだミニコミだった『紙プロ』を表紙が擦り切れるぐらい読んでいた高校生の頃に戻ってしまう。帰ってきてから「おめでとうございます」の一言すら言えてなかったことに気づく。豪さん、誕生日おめでとうございます。いつも僕たちに最高の仕事を届けてくれてありがとうございます!

Maenopop◆9月7日、RHAPSODY vol.6@東高円寺UFOクラブ。ニーネを中心とするライブイベント「ラプソディ」。こちらで「都会の迷子さん」とともに特集されたりなんかしております。この日の出演者は前野健太とDAVID BOWIEたち/ミワサチコ・バンド/ザ・ムンズ/ニーネ/埋火。前野健太とDAVID BOWIEたち、なんとこの日のドラマーはPOP鈴木!! 『welcome』の頃のさかなのライブを大事な宝物として記憶している人間からすると、この邂逅はうれしすぎる! 本人には申し訳ないけど、吉田くんの二胡も勝井さんのヴァイオリンに見えてきてしまったよ。しかしマエケンはマエケン。ゲラーズ・大久保くんの無骨なベースもよかった。またこの編成で観たいなあと思ったら、11月8日にもやるみたい

Alte1995jpg◆9月11日、渋谷にて、伝説的なテキストサイトの管理人(現在でも特権的な影響力を持つ方)と「1995」をお題に飲む。ちょうど1995年特集を組んだ『月刊オルタ』(最近リニューアルしていい感じ)に書かせていただいた杉田俊介さんの『無能力批評』の書評も読んでいてくれて、ざっくばらんに距離をつめて話す。いろいろ思い出したですよ。さて、これは気合いを入れねばという予感。

◆9月16日、天にも昇るような取材と恍惚。生まれて初めて、取材現場でサインをいただいてしまった……。

◆9月20日、オンチ映画祭@町田市民フォーラム。ついにベールを脱いだ大橋裕之初監督映画、『A・Y・A・K・A』。なんとか上映にこぎつけた感もありますが、素直に面白かった! 途中から観た松江哲明監督も太鼓判の出来。さらに修正を加えて、10月27日阿佐ヶ谷ロフトAで開催されるルノアール兄弟新刊発売イベント(詳細はのちほど)にてお披露目予定です。お楽しみに! それにしても松江監督の日記にもある勝又悠監督、強烈だった……。僕も3本~5本ぐらい取られてしまいました。

◆9月21日、銀杏BOYZライブ@渋谷ラママ。酸欠と脱水症状で死ぬかと思った。ダマとなっての演奏を、文字どおりカラダ全体で浴びる。まだこの期に及んでギンナンショックを喰らっていない同世代のすべての友へ、この元気玉みたいなエネルギー体をぶつけて回りたいと思ったよ。新曲「ボーイズ・オン・ザ・ラン」、意外にも銀杏には珍しい男気ロック。そうこなくちゃ。「あいどんわなだい」にいつなんどきなんどでも背筋が震えてしまう。完全に人生に刻み込まれた一曲。

◆9月22日~10月1日、忙しかった。こんなこと書いたところでどーにもならないことだけれど……アイダ、行けなかった!!!! 自分で自分にびっくりだよ!! アイダ、行けなかった!!!! 6~7年ぐらい前の自分に教えてやりたいよ。「なんとおまえは、アイダの初来日(しかもおそらく最初で最後の来日)、二回も東京公演あったのにどちらも行けないぞぇ!」って。気が狂うと思うよ!! アイダ、行けなかったよ!!!!

Ida - The Weight of the Straw

2008/08/15

夏の思い出・8月前半

◆3日、毎年恒例、木場公園での超歌劇団公演に(文字どおり)参戦。「コドモ身体」ならぬ「コドモ頭脳」を駆使した素晴らしきアトラクションっぷりはあいかわらずで(この写真!)。とくに今回の「大いなる淫跡」、前説で「濡れますよ」「流されますよ」ってそのたびにみんなニヤニヤ笑っていたものだけど、終盤、油断していたところにホントとんでもない量の水がおそってきて(ダム決壊!)、大笑い。たまたま水の噴き出し口付近に座っていたamyoさんなんて、ビチョビチョどころか荷物(いちおうビニール袋で防御してある)まで水に流されていた。いやー楽しかった!

◆6日、武蔵小金井のアートランドで菊川裕也くん企画「本当に価値ある一夜とは何か vol.05」。出演は三村京子BAND、松倉如子、菊川裕也(バンド&ソロ)。三村さんと松倉さんの対バンとのことで、僕の周りのごく一部でものすごく期待感の高まっていたイベント。が、しかし無念にも仕事のため遅刻。初ライブとなるはずだった三村さんを丸々見逃してしまう。途中から観た松倉さんのライブは場所の力もあいまって幽玄の域。背筋がぞっとするくらいかっこよかった。休憩で食べたチキンカレーがうまかった。菊川くん、続けざまにソロ、インプロ、バンドとやったので、個別にはよかったのだけど、ちょっと観てる側の集中力は切れてしまった感も……。たとえばソロ、三村さん、インプロ、松倉さん、バンド、じゃダメだったかなあ。でも、菊川くんの声はあいかわらずよかった。刺激的で価値のある一夜。

Ddtbeer◆8日、こちらも夏の風物詩、DDTの「闘うビアガーデン2008」@新木場1stリングへ。この日が5日目、ベルトハンター×ハンター(男色ディーノ&マッスル坂井&マサ高梨)のプロデュースデー。会場、超満員。詳細はこんな感じで。「帰ってきた怪談新沼袋デスマッチ」「中澤マイケル肛門爆破デスマッチ」のくだらなさには笑ったなあ。ビールも旨すぎ。こんな楽しいことがあっていいのかとすら思ってしまった。おまけにメインの熱戦のあと、ディーノが感動的なマイクをかまし、円陣を組んだ日には、ちょっとほろりときちゃったよ。一緒に行った女子が「これもチーム男子ですよ」だって。

◆10、11日、漫画家の大橋裕之くん監督による映画制作に参加。主演は前野健太、左近洋一郎(ルノアール兄弟)、小林郁香。僕は撮影を担当。ほとんどの人は忘れている(というかそもそも知らない)と思うけど、これでもいちおう昔は映画をつくっていた。というかいまでも時間さえあればぜんぜんやるつもりだし、撮影済み素材もずいぶんとたまっていたりする。だって、ずっと昔に撮った映画をタイトルを変えてYouTubeにアップしてみたら、まったく知らない方がこんなことを書いてくれるんだもの。まだ編集中だとは思うけど、大橋くんの映画もぜひ多くの方に観ていただきたいです(上映予定などは追って)。なにより僕以上に、大橋監督のひらめきと、主演の3人の演技が素晴らしかったので。

◆14日より、長期休暇をとり南の島(といっても国内)へ。でも、その前に、行きたかったけど、行けなかったけど、14日、寿町フリーコンサートにて三輪二郎といまから山のぼり、活動休止前のファイナルライブ。僕の大好きなブログ「東京の演奏2」は、この最後の山のぼりの一日を次のような感想で締めくくっている。「ちょっとさみしいくらいでちょうどいいや」。さようなら、またいつかどこかで山のぼり。

I love you more than I did when you were mine.

2008/08/01

絶賛Crawl中・7月後半

◆17日、朝イチで映画DMC試写。恵比寿に移動してナディッフアパートでChim↑Pom「日本のアートは10年おくれている」。大橋くんの連載マンガのチンポ(主人公)が原因でどこかのナディッフにSPOTTED701を置いてもらえなかったなんて話をナヲイさんがしていたけど、こっちのほうがぜんぜんひどいよ! もちろん最高。その足で高円寺の無人島プロダクションへ。藤城さんとおしゃべり(という名のインタビュー、逆か)。さらに東中野に移動し、松江哲明邸にて前日自転車で事故ったばかりの松江監督にDMCドキュメントDVDについてのインタビュー。童貞2号こと梅澤くんも同席。お見舞いに綺麗なフランス人女性2人が働いているケーキ屋でケーキを買おうとしたら、さらに客としてフランス人3人組のグループがやってきてボンジュール。いったいここはどこなんだと。ケガの具合、致命傷に至らず、軽くなら動ける程度でなによりだった。肝心のドキュメンタリーはナレーションがマッスルの実況解説風だからというわけではなく、これはもう『ビヨンド・ザ・マット』ではないかと。素晴らしいです。

◆18日、6時起きで名古屋まで。ドアラと再会。間接的にではあるけど、じつは自分もドアラブレイクのきっかけに関わっていたということを知らされる。いたく感謝される。

◆19日、お台場のディファ有明にて「THE OUTSIDER 第弐戦」を観戦。大満足。これはすごいです。ぜったいナマで体感すべき。ご一緒させていただいた菊地成孔さんによるTHE OUTSIDER論も必聴。

◆20日、吉祥寺で「崖の上のポニョ」鑑賞。最高すぎて(とくに前半)言うことなし。ほとんど息を呑んで観た。零時台スタートのレイトショーにもかかわらず、偶然すぐ後ろに友人カップルが座っていて笑う。おしゃれバーにて感想会。

Maigoichi◆21日、代々木Zher the Zoo
にてオムスビ佐藤くん渾身の企画、「都会の迷子さん vol.5~僕のものになれ~」。出演は、ぱぱぼっくす/おとぎ話/前野健太/三輪二郎といまから山のぼり/埋火。心より愉しむ。ぱぱぼっくすのさわださんがあんなふうにしゃべるなんて知らなかったなあ。三輪二郎といまから山のぼり、寿町フリーコンサートに行けないので(本州にいないので)、自分にとってはラストライブ。目に焼きつける。いつも「出不精のバラッド」が始まるときの澄んだ空気感が好きだった。写真は打ち上げの余興でセッションするあだち麗三郎、前野健太、三輪二郎の三氏。あとそうだ、この日のレポートを佐藤くんの個人新聞『トランジスタラジオで聴きたい日本のロック便り』に書かせてもらいました。たぶんディスクユニオンなどで手に入るのだと思います。

◆このへんから異常に忙しくなり、残りの7月は家に帰ったり帰れなかったり(でも吉祥寺では飲んでたり)。資料集めを手伝わせていただいたナンダロウさんの『HEAVEN』イベントと、おおひなたごうさん主催のギャグ漫画家大喜利に行けなかったのが痛恨のきわみ!

2008/07/17

絶賛Crawl中・7月前半

◆1日、地下大学東京――秋葉原で起きたこと@明治大学。
とにかく大澤信亮さんがなにを話すか聞きたかった。『ロスジェネ』に掲載された小説「左翼のどこが間違っているか?」。2ちゃんねるでひたすら論敵を叩き続ける男の話。この書評でも書いたとおり、すごみを感じさせるほどの腰の重さがあったから。
余談だけど、以前『デメキング』復刊に際して、ぼくもこんなことを書いていた。「静岡の自動車工場で働いていたK」って。べつに大澤さんの小説も、ぼくの駄文も、預言めいているのがすごいというのではない。まぎれもなくそういう気分は充満しているのだ、という状況を再確認するだけのことだ。そして、『生きさせろ!』も『フリーターズ・フリー』も加藤にはまったく届いていなかったことも。
背骨となる理論が必要だということを大澤さんは話した。いろいろ言われもするだろうが、やはりその通りだと思う。

Withotogi◆2日、「前野健太とおとぎ話」を渋谷O-nestで。初めてナマで見た「withおとぎ話」。想像した以上に音がぶつかっていて激しかった。ルーズだった。ポップだった。かっこよかった。サッドソングをイントロしかやらないのが憎い。
ナヲイさんのミニコミ『SPOTTED701』で前野くんについて書かせてもらったので、それを読んでもらう(というか読まれる)。ラブレターのような内容なのでちょっと恥ずかしいね。

◆5日、米光さんの文章力トレーニング講座@池袋コミュニティカレッジにおじゃまさせていただく。
課題がおもしろかった。「『表現NOW』というタイトルの雑誌が創刊される。そこに『自分のやってきたことと、表現』に関することなら何でもいいので、(ひとまず)3回の連載をお願いできないか。という設定で、1回ぶんの文字数は13w×48L(13文字、48行)で、3回ぶんの原稿を書く」というもの。「バイトの引き継ぎノート」について書かれた方がいて、その着眼点に唸った。たしかにバイトの引き継ぎノートは味わい深いよー。
米光さんとは4年ぐらい前にあるエロ本の現場で出会って、そのときの米光さんの肩書きが「こっくりさん研究家」。「こっくりさん」で飯が食えてるのだろうかと本気で思っていたら、あとでじつはすごいレジェンドだと知ったのでした。

◆7日、日本ロックフェスティバル最終日@無力無善寺。
スカイブルー100、白くて黒くてまあるいの、壊れかけのテープレコーダーズ、三輪二郎といまから山のぼり、前野健太、俺はこんなもんじゃない、ミッシング箱庭を観る。みんなすばらしかったと言い切ってしまいたい。ついに東京の演奏のこっちゃんに会うことができた。いまここに、これほどすてきなブログがあることに感謝。

◆9日、ミクニヤナイハラプロジェクト「五人姉妹」準備公演@こばまアゴラ劇場。
ミクニヤナイハラプロジェクトにおける矢内原さんの演出方針は最初の「3年2組」からして一貫してると思うんだけど、音楽的だった「青ノ鳥」を通過した今作は、さらにすべての要素が深化。よりデタラメに、奔放に、キャラまで立たせ、一瞬一瞬を生きる。すげーぜ。後半、いったいどこまでいってしまうんだろうかとハラハラした。これでまだ準備公演。

◆10日、ルノアール兄弟の単行本発売&連載決定祝賀会的な催し。めでたし。
局所的にジャン風(ジャン相見がいけてる状態)が吹く。ジャンさんとポッドキャストをやろうと思っている(書いておかないといつまでたってもやらないので)。

Spotted06◆11日、SPOTTED701,A-LIVE!@阿佐ヶ谷ロフトA。ナヲイさんのイベント。
前野健太とビトさんの前口上を仰せつかる。前野くんに、「メッセージ」って曲をぜったいに松江哲明監督が気に入るからといってムリに演ってもらったら、案の定、松江さんが気に入ってくれて、今後のおもしろい展開につながっていきそうな気配。ビトさんは大学の先輩で、10年前はよく部室で将棋の相手をさせられてたりしていたのだけど、ぼくのプライベートでいろいろあってここ3年ぐらいご無沙汰してしまっていたら、まんまとその核心を舞台上でバラされてしまった……。でも、それにしても久しぶりにビトさんとゆっくり話せてうれしかったな。
イベントはゆるゆるあり、レア映像あり、ぐっとくる演奏ありと充実の内容でしたが、一番心に残ったのは古澤健監督のすばらしきデタラメっぷりだった。こんど一緒に666を観に行こうと約束した。

◆12日、バサラブックスというかバイトのKくん主催・奇跡の飲み会@井の頭公園。昼12時から夜10時すぎまでブルーシートでだらだら飲むという、モラトリアムな大学生にしか思いつかない企画。
ぼくが行った夕方18時頃には15~6人で飲んでいた。その後、20時ぐらいをピークに人を増やしていき、申し訳程度に乾杯したり、スイカ割りをしたり。久しぶりの人にも会えて楽しかった。
ジャンさんが「紅白、ジェロは白組でいいんだろうか?」ということをずっと気にかけていた。

◆13日、ハメ撮りの夜明けとセックスと嘘とビデオテープとウソ@阿佐ヶ谷ロフトA。松江哲明監督のイベント。
何年かぶりに観る「ハメ撮りの夜明け」はとにかく懐かしかった。「ガイアの夜明け」を元ネタに、HMJMの設立と、松江監督自身のハメ撮りデビューへの軌跡を重ねたドキュメンタリー。それから数ヵ月後にこのインタビューがあった。
「セックスと嘘とビデオテープとウソ」、ガンダーラのときは予感だけがあったが、これはとてつもない傑作だと再確認。「私小説」と「ビデオカメラ」について考える時間をとりたい。社会学的な「私」よりも、自然主義的な「私」に圧倒的に惹かれてしまう。「セックスと嘘とビデオテープとウソ」と「左翼のどこが間違っているか?」をつなぐ回路を、言葉を、手にしたい。
トーク後半、当初のゲストだった若杉公徳さんに加え、花沢健吾さん、渡辺ペコさん、大橋裕之さんという豪華漫画家先生陣に混じり、司会として壇上に上げていただく。ペコさんの真摯な意見表明がよかった。若杉さん、花沢さんのエンターテイナーっぷりも見事。大橋くん、映画の話むちゃぶりしてすみませんでした。

◆15日、関西出張。うめだ花月での吉本の芸人さんたちへの取材の合間をぬって釜ヶ崎(梅田からたった20分だった)へ。生田武志さんと再会。
ちょうどまだ秋葉原無差別殺人事件が騒がれていた6月13日から4日間にわたり、釜ヶ崎で警察への抗議行動に端を発する日雇労働者たちによる暴動が起こっていたのだけど、東京ではほとんど報道がなされなかった。一部の新聞報道や、生田さんのウェブ日記、それからここで見られるような写真からしても、相当なことが起こっているはずなのに――。
というわけで、生田さんにレポート原稿をお願いするのが目的だったのだが、それ以前に、生田さんに案内してもらい初めて目にする釜ヶ崎の光景に圧倒されてしまった。学生の頃、寿町の夜間パトロールや、新宿のダンボールハウスの越冬支援に関わったことがあったが、釜ヶ崎は野宿者の人数、密集度、乾ききった空気、すべてが言葉を失うくらい(実際、現地でほとんどなにも言えなかった)壮絶で。暴動から一ヵ月が経ち、町はすでに沈静化していたが、その静けさがまた不穏だった。この風景を無視して、国内の貧困は語れないのではないかと感じた。

元ネタはこちらから。

2008/06/25

大童貞、略してDDT

◆一週遅れになってしまいましたが、先週より『ヤンマガ』の巻頭カラーで始まったルノアール兄弟の新連載、その名も「セクシーDANSU☆GAI ユビキタス大和」が素晴らしすぎる!!

ソバ屋にセクシーDANSU☆GAIがいるというぶっ飛んだ設定もさることながら、アクション、ボケ、ツッコミのハイパーコングロマリットぶりに、ギャグ漫画の更新に真正面から挑もうとする気高い志すら感じてしまいました。ゴー・フォー・ブロック、ユビ!!

Kc_ddt1◆おまけに盆と正月がいっぺんにじゃないですが、なんとルノアール兄弟の新刊『ルノアール兄弟の愛した大童貞 (1)』まで発売されております。

シリウスのサイトで連載されているWeb漫画の単行本化なんですが、サイトには載っていない主人公・土毛のブログ日記なんかも収録されており、大童貞の世界をより立体的に堪能できるようになっているので、これは買い!です。
マッスル坂井と松江哲明監督による帯文も必見。

2008/06/23

また夏がくる

今月はわりとライブを観ています。

Jackie-O Motherfucker Japan Tour@Shibuya O-nest 06/02
なにげに楽しみにしていた初ツジコノリコが、Vampilliaというバンドのゲスト・ヴォーカルとして一曲のみの出番でやや残念。けど「White Film」よかったー。
Jackieoジム・オルークとメルツバウの純ノイズ対決でふらふらになったところで、トリのジャッキーO・マザーファッカー。
寄せては返すサイケデリックの大波小波。
ライブ後はプールではしゃいだ小学生のようにどっと疲れが。
会場で合流したゲラーズのKくんとバサラブックスのKくんとフリーペーパーの帝王・KくんのKKKトリオと、吉祥寺でげんこつラーメン喰って帰る。

KILL ROCK STARS Showcase@恵比寿リキッドルーム 06/14
ついにきたキルロックスターズのショウケースライブ。
出演順にPANTHER/MIKA MIKO/XIU XIU/DEERHOOF。
なんといってもXIU XIU目当てだったわけだけど(てっきり初物かと思ったら03年に一度来日してたらしい)、これがもう予想を上回る衝撃。ジェイミー・スチュワートの本気っぷりにやられる。
これはやばいわ。
衝撃の余韻を消したくないという同行者・Fさんに賛同し、XIU XIU終わりで会場をあとにする。
前二つでは期待していたMIKA MIKOがややおとなしくてもったいなかったなあと。でもそのおかげでXIU XIUを迎えるにちょうどいい空気ができていたような気もするので、結果オーライか。

あがた森魚といまから山のぼり@三軒茶屋グレープフルーツムーン 06/15
三輪二郎といまから山のぼりがあがた森魚さんを迎えてお送りするという、おむすび佐藤くん率いるハヤシライスレコードのライブ企画。
CDで何度か聴いてたshibata emicoさん。見た目は小柄でキュートな女性なのだけど、大気をぐわっと掴むような世界観が心地よい。まだステージングに慣れてない感じも微笑ましかった。森田童子のカバーきまってたなあ。
Yamanobori続いておまちかね三輪二郎といまから山のぼり。
今日も二郎さんはかっこいいな。山のぼりもかっこいいぜ。この日はなんだか音の粒だちが踊ってる様まで聴こえてきたよ。音がよかったよー。
そういや、いかしたクルー・TOKYOHELLOZ製作総指揮による、三輪二郎のいかしたPVが、YouTubeにあがってるんで、みなさんぜひ見てみてください。しかし最初と最後、轟渚さん、おいしいすぎるよ!(たぶん撮影日にこれなかっただけだと思うけど)
で、肝心のライブのほうは、トリのあがた森魚さんが完全ガチモード。語りと唄を行き来しながら、客席まで縦横につかってあがたワールドを展開。素晴らしすぎる。赤色エレジー、力強かった。
ラスト、三輪二郎といまから山のぼりを呼び込んで、「百合コレクション」と「ブリキロコモーション」を競演。あがたさんが一番元気で楽しそうだったもんな。まったくすごいことだよ。本気にさせた二郎さんと佐藤くんも。

前野健太ワンマン ギターと歌う@高円寺無力無善寺 06/16
Maenomu01三輪二郎、前野健太とすごいツーデイズ。それにしても、楽しみにしてたんだ前野健太ワンマンライブ。しかも、開演2時間前に突然ビデオ撮影大臣を仰せつかり、こんな光栄な仕事もないよ。
前半はアコースティック弾き語り、休憩を挟んで、後半はエレクトリック弾き語りの二部構成。
たっぷり二時間、マエケンのみ聴ける幸せよ。新曲もたっぷり。どの曲も、下半身にくるし、走ってるしで、たまらなかった。「sad song」、たまらなかったなあ。
Maenomu02_2後半のエレクトリックセットでは「カントリーロード」の日本語カバーや、荒井由美の「卒業写真」のカバーも披露。ゲストに二胡リスト・吉田くんを迎えての「友達じゃ我慢できない」、お客さんからお題を募っての即興ソング「図書館」もよかった!
即興ソングを聴いたナヲイさんが、打ち上げでさっそくマエケンに『spotted701』のCMソングを頼んでたのはさすがだった。たぶん近いうちに皆さんの耳元にも届くのではないかと思われます。

Melting Pot Special & AH-WOOTRAPPその16@Shibuya O-west 06/17
予定には入れてなかったのだけど、どうしてももう一度XIU XIUが見たくて行ってしまった。
他の出演者は、トクマルシューゴ/降神/テニスコーツ。
ただし久方ぶりのテニスコーツは遅刻して観られず。
そして、トクマルくんも降神もよかった(とくに降神の「帰り道」のイントロにはやはりゾクゾクしてしまった)のだけど、とにもかくにもトリのXIU XIUにぜんぶもっていかれてしまったのでした!
ただ初見だったリキッドほどの衝撃はなし。PAはこちらのほうがよかったが。
会場で合流したキアズマ先生とバサラブックスのMくんと、吉祥寺の一風堂でラーメン喰って帰る。

銀杏BOYZ/YUKI ライブ@Zepp Tokyo 06/22
せんそうはんたいツアー最終日以来、久々の銀杏ライブ。
新曲はほとんどやらなかったけど、ファストナンバーで攻め立てて、客席がいつものように生き物のようにうねってた。あれ龍だか虎だかに見えるときがあるよ。「駆け抜けて性春」でついにYUKI本人が! ナタリーにもレポートあがってたね。小松くんにも見せてやりたかった。
さいきん音楽を聴くのが楽しくてしょうがなくて。ライブハウスで買ったCD-R音源なんか聴いては、このバンド早くアルバム出さないかなあとか、今日はどこでどんなバンドが素敵なライブをやるんだろうかとかそんなことばかり考えてる。まさか自分が30をすぎてまたこんな気持ちになれるなんて、数年前には思ってもみなかったことだ。
で、なんでだろうと考えてみれば、たぶんそのきっかけはやはり銀杏BOYZだったのだと思う。
昨年のちょうど今頃だ、「ギンナンショック!」(末井昭)に襲われたのは。それから数ヵ月のボーイズ・オン・ザ・ラン。
銀杏BOYZの「光」のPVのなかに、『童貞。をプロデュース』のインターミッション映像用に中野サンモールで峯田くんが弾き語りをしている写真があって、そこになぜだかオイラも映りこんでるんだけど、なんかあの写真が、自分にとっての07年夏のすべてを象徴しているような気がする。

さて、今年はどんな夏になるだろう。

2008/06/19

か、枯れたのか……!?

いま売ってる『群像』に大江健三郎と岡田利規による第二回大江健三郎賞受賞対談が載ってるんだけど、冒頭の大江健三郎の発言――
大江 長嶋さん(筆者注:第一回受賞者の長嶋有氏のこと)は魅力的な人ですから、応援団がついています。かれらの同人誌に、第一回授賞式についての愉快な座談会があり、大江はもじもじしたり、無意味に手を動かしたり、とくに長嶋さんが話している間、眼鏡を磨いていたと(笑)。それを読んでいると、岡田さんの芝居の俳優になったような気がしました。私もむやみに無意味な身ぶりをするわけです。
 旧来、日本人はあまり身ぶりをしないで話していたのではないかと。私がこの頃気がつくのはテレビのトーク番組で話す人たちが過度に腕を動かしている。それは、無意味な習慣ではないだろうかとつねづね考えていたのに、自分も同じことをやっていました(笑)。
これ、会場での発言と微妙に変わっている。
というのも、会場で大江健三郎は、「テレビのトーク番組で話す人たち」ではなく、具体的に、彼より一つ年下の齢72にして、チェルフィッチュ・岡田利規といまなお身体表現の最前線で共振するある芸人の名前と、その芸人がホストを務めるテレビ番組について、はっきりと口にしていたからだ。
このブログを見てくださっている方にはもう想像ついたかもしれないが、その名前は立川談志。テレビ番組とは「談志・陳平の言いたい放題」のことである。

しかし、なんで変えちゃうかなあ。かねてよりチェルフィッチュ化する談志師匠について書いてきた身からするとあれは快哉を叫びたいような瞬間だったし、大江健三郎の発言としても、「テレビのトーク番組で話す人たち」でなく「立川談志」であることにちゃんと意味があったと思うんだけどな。

それはさておき、立川談志最新バージョンを確認するため、6月7日、立川談志・志らく親子会@三鷹市公会堂へ行ってきたのだった。

前回がこんなんだったので、なにが来ても驚く感じではなかったのだけれど、なんと、この日の談志師匠は「すべてを受け容れる」談志であった。

ここのところ演目一覧にわざわざ「体調不良」と明記されてることからもわかるとおり、健康状態はかなりよくないのだろう。実際、声もかなりかすれていた。
こんなコンディションであれば、以前の談志師匠なら、自身の体調への不満、苛立ちをまくらでひとしきり話してからようやく噺に入って、噺も途中でちょいちょい中断して、ってな具合だったにちがいない。むしろそこに身体をめぐる精神と肉体の凄まじいまでの相剋を刻み、その先にチェルフィッチュ化なんていうとんでもない境地まで見せてくれていたわけなのだが。

しかし、この日の談志師匠は高座に上がるなりいつものジョークあれこれにつづき、ローな感じでそのままにすっと「やかん」に――。
体調不良も、老いもそのままに、淡々と、訥々と、繰り広げられるイリュージョン問答。このトワイライトゾーンに入ってしまったような不思議な時間の流れ方はなんだろう。
も、もしかして、これは!?
……枯れ!?

まさか、談志師匠が枯れるなんてそんな。
まだ一概にはいえないけれど、でももしそんなことがあるのだとしたら、それはすごいことだ。
だって、あの噺や、この噺も聴いてみたいじゃないか。
枯れた談志で!

とにもかくにも、談志師匠の体調が一日も早く回復されることを祈っているのです。

ちなみに、志らく師匠の「鉄拐」「品川心中」も素晴らしかった。
「鉄拐」はずっと演りつづけてほしいです。ファンタジーあふれる面白い噺なのに、いまや談志師匠ぐらいしか演ってくれないので(サゲが地味だからかなあ)。

2008/06/13

ポツドールとマジックミラー

一ヵ月ぐらいたってしまったが、こちらでいくつか雨宮まみさんとのやりとりがあった。
わかったのは、やっぱり雨宮まみはものすごい破壊力のあるライターだなあということとともに、雨宮さんもコメントで書いているとおり、自分とは興味の方向がまるっきり違うんだなあということ。
以前から雨宮さんがAVについて書かれたテキストを読んだときもまったく同じことを思っていたので、今回の件はちょっと感慨深いものすらあった。
「ポツドールの芝居と自分を同一視」できるなんてすごいことだ。僕にはぜったいできない。だからこそ、そんな人が書いたポツドール論はすごく読んでみたいわけだけど。

雨宮さんはあくまで舞台上で表現されている感情に関心があり、演劇的な方法論にはあまり興味がいかないという。
僕はといえば、舞台上で表現されている「感情」よりも、どうしてもそれを支えている方法論や身体のあり方(雨宮さんのいう肉体性とはまたべつのものです)のほうに関心がいってしまう。というかその二つが切り離せない。そこに、映画でも小説でも漫画でも紙芝居でもなく、演劇である意味があるから。

ポツドールに即して言うなら、たとえばそれは、覗き見るという感覚だったり、身もフタもない即物性(たとえば暗闇でレイプの悲鳴や物音に耳を傾ける)だったりする。
だからポツドールを観るときは、ただただ静かに固唾を呑んで(観客という名の鈍重な演劇的身体!)、そこにある身体(それはたいていの場合、僕たち同様だらしなく貧しいカラダをしている)と、それを囲む暗い四角い空間を感じるしかない。
「きみは演劇を単一に見ることはできない。きみは演劇を二重に見なければならない。ある種のぼやけたヴィジョンで見なければいけないんだ」
(トニー・クシュナー)
僕たちはたとえ舞台上で俳優が死んでも、それは実際に死んだわけではないことを知っている。横たわっている死体は、本当は息をしていると。
たしかに演劇なんて、四角い空間で俳優が貧しい身体を晒してジタバタしているのにすぎないのだ。それを僕たち観客が暗闇で、肩を寄せ合い、身を屈めて、じっと眺めているだけのこと。
なのに/であるからこそ、それは僕たちにとってたまらなく切実な体験となるのだ。とりわけポツドールをはじめとするいくつかの劇団の舞台を観ることは。
そのあたりについてはすでにここで一度書いたので、繰り返さない。

ポツドールにおける二重性。
表面的にわかりやすいのは、たとえば「ニセS高原から」の際に触れた「話の裏読み」ってやつだろう。もしシンデレラが純朴な少女ではなく、じつはものすごく計算高い女で、継母や姉にいじめられるのも、それで同情を買うのも、なぜか王子の目にとまってしまうのも、靴を忘れていくのも全部計算でやってたとしたらっていう。
一見、円滑にみえるコミュニケーションに裏がある。嫉妬や、優越感や、秘密や、コンプレックスが張りついている。
そういった人間の醜い部分をポツドールは執拗に舞台上に描きだす。そのために、一度はうまく行っているように見える関係性を時間経過とともに裏返してみせる。それなりに仲のよさげな夫婦が、じつは互いに内緒で不倫をしている。一見善良そうな男がいきなり差別意識を剥き出しにしたりする。

最近ではそのような二重性を、作品の時系列のなかに配置するのではなく、同時に存在するものとして描こうとしているようにもみえる。
『顔よ』の前作『人間・失格』では、主人公の男が、自分を振り込め詐欺でだまそうとしている出会い系の女をただ帰すのか、それともレイプするのか――もちろん演劇がリニアな表現である以上、どちらかが先に演じられるのであるが――その二つの展開は、時系列上に並ぶのではなく、どちらのシーンもが同時にそこに存在しているように思わせるだけの強度と即物性を具えていた。
『顔よ』のラストもそうだ。ヒロインたる主婦を演じる女優が入れ替わるあの瞬間に二重性が結晶した形で現れていた。だからこそ、多くの観客はあのラストをたんなる夢オチとして片づけることができなかったはずだ。

観客が舞台そのものを二重で見ているまなざしについても考えたい。
演劇では、映画やテレビに比べてフレームが厳密でないぶん、舞台を見る観客の目線は自由度が高い。だから演劇を見る者は暗闇で肩寄せ合ってじっとしている自分の鈍重な身体についてついつい忘れがちになる。自分たちが誰に見られることもなく、生身の人間を一方的にまなざす者であることがあまり意識されない。つまり、自らが窃視者であることの後ろめたさを感じないですんでいる。

しかし、ポツドールの場合、ときに窓枠(=フレーム)を意識させることで、観客とは、暗闇から一方的にただ見つめることしかできない窃視者であることを暴露する。それも華麗なる盗撮者ではなく、結局のところ誰かによって切り取られたあるフレームでしか窃視することしかできない鈍重な人間であることを。
ポツドールの舞台美術でいつも効果的に使われているテレビが象徴的だ。僕は日常で浴びるようにテレビの映像を見ているが、それはけっきょく誰か(具体的にはカメラマンだったり、ディレクターだったり、秋葉原で起きた無差別殺人の現場を携帯動画で撮影した通行人だったり)のまなざしを反復して見ることでしかない。

ただ、テレビと違うのは、観客はポツドールの舞台から簡単に目を反らすことができないということだ。ただ見ることしかできない観客の鈍重な身体は主体的なようでいて、じつはとても受け身的である。
そのことでポツドールと観客の間にはSM的な、そういって言葉が悪ければ共犯的な関係が成立する。

Kaoyoやはり窃視症と露出狂は同じ病理の裏表なのだろう。
「顔よ」の劇中で、ヒロインたる主婦は、顔の見えないまなざしに監視されている。一方的に見られる者である。
かつてエデンの園で蛇の目によってまなざれたイヴは羞恥を覚え、原罪を抱えこんだ。それ以来人間が様々な欲望の虜となって生きるしかなくなったように、主婦のなかに芽生えた羞恥もやがてマゾヒスティックな欲望を喚起するだろう。「もっと見られたい」。そして、できることなら自分をまなざす者の顔を「見たい」。
主婦の生活を覗き見ていた男もしかり。「見られることなく見ること」を欲望していた男が、主婦に「見られること」を望むのは時間の問題である。

ちょっと話が変わるが、今回の雨宮さんのテキストで一番よくわからないというか、これだけは本当にタチの悪いフレーミングだと思ったのが、「みんな過去のV&Rのことばかり語りたがる」とやたら激昂してるんだけど、雨宮さん言うところの「からかい半分のアオリ」に使われた僕の三浦大輔インタビューですら、面白いAVとして『マジックミラー号』をあげているにも関わらず、それをまったくないことにしている点だ。
雨宮さんに言わせれば『マジックミラー号』はいまのAVのトレンドではないし、ただたんに「面白くないAV」なのかもしれないが、それにしたって、自分の主張に沿わない部分をなかったことにしてしまうのはいくらなんでもあんまりだろう。

で、雨宮さんへの愚痴はおいておいて、ようするになにが言いたいかというと、インタビュー中のマジックミラー号についてのくだり(マジックミラー号への言及については七里くんとのおしゃべりから多大な示唆をもらったことを感謝します)で三浦さんが語っている、「かつて舞台と観客席の間にマジックミラーを設置しようと考えたことがある」という発言はじつはすごく重要なんじゃないかということだ。

暗い側からは窓として、明るい側からは鏡として機能するマジックミラー(マジックミラー号のは、明暗がなくても機能する特殊仕様だけど)。もしマジックミラーを明るい舞台と暗い客席の間に設置すれば、観客が「一方的に見る者」であることははっきり可視化されるにちがいないから。

「顔よ」が終幕すると、舞台は暗転し、客電が点く。
マジックミラーは反転し、さっきまで窓だったものは鏡となる。
もちろんそこに映るのは――僕たちの顔、だ。

ただ忘れてならないのは、結局のところ、僕たちは他人の顔を見るのと同じ地平で自分の顔を見ることはできないということ。他人をまなざすことと、自分の顔を鏡で見ることはまったく別の行為だからだ。本当の意味で自分の顔を見るためには他人のまなざしを通過するよりほかない。
「顔よ」を見終わったあとの気まずさや息苦しさの正体。あれは他人の顔を見てしまうことでも、その裏で稼働する自分の自意識に圧迫されることでもない。
つらいのは、他人のまなざしに映る自分の顔を、他人の顔を通して見てしまうことなのだ。

※いい機会なので「面白いAV」についてもちゃんと書いておきたいと思うのですが、長くなったのでまた後日。

2008/05/15

豆腐のような毎日

豆腐のような毎日さ
豆腐のような毎日さ

って前野健太の「豆腐」ばかり聴いてる。
未発表曲なんだけど、U.F.O.Clubのコンピに入ってる。

先週の土曜日、前野くんと三輪二郎さんと対談つーかおしゃべりを吉祥寺の「庭」っていうひなびた純喫茶で。
「庭」は、いつもすいてて、居心地がよいのです。
なのにこの日にかぎって、スーツを着た若い男女15名ほどがやってきて、通路をはさんだ席で合コンみたいなことをはじめだす。
夜の9時すぎ。ありえないよ。和民かつぼ八、行ってくれって。

仕事と生活と音楽のトライアングル、その話になったなあ。
やっぱり。
同世代のミュージシャンたち。

美舟でいつものみんなと合流して、気づいたら15人ぐらいの大所帯になっていたのでチェーン居酒屋へ。

直井さんに前野くんと三輪さんを紹介できた。
こんどはさきっちょも会わせよう。

ハモニカにもどって、「ファイナル・カウントダウン」に笑いながら奇跡の夜遊び。
小松くんはこないだ学生大喜利大会で決勝まで行ったらしい。
ふだんからフリースタイルで鍛えてるんだよ。
大喜利版『8 Mile』だよ。

デニーズで朝まで大喜利力をみがく。

2008/05/07

マッスルハウス6

連休最終日は「マッスルハウス6」@後楽園ホールへ。
詳細はこちらで。

過去最高にシリアスな内容だった前回の揺り戻しか、過去最高にお笑いによったマッスルに。
あるいは、そもそもマッスルという興行の設立趣旨であった「ファイティング・オーディション」という原点に戻っただけという話も。

マッスル坂井自身は、オトナの事情で実現できなかったり、時間不足で練り込み不足のアイデアがいくつかあったようなことを興行中に匂わせたりもしていたが、それでも投げっぱなしにせず、きっちりまとめてみせる手腕はさすが。

こういったマッスルがあってもいい。
これからも、とことん自由にやってほしいよ。

エンドロール後にはこんな衝撃情報が!
YOSHIMOTO DIRECTOR'S 100
マッスル坂井監督作「シルバーホストG
6月7日(土)~6月13日(金)まで
神保町花月、ヨシモト∞ホール、ルミネtheよしもとにて公開!
前売800円 当日1000円
公式HP http://www.yoshimoto.co.jp/yd100/
マッスル坂井がついに映画監督デビュー!
しかも主演・村上ショージ!!

2008/05/05

相対性理論ライブ

相対性理論のライブを観る@渋谷クラブクアトロ。

とにかく動いているところが観てみたかった相対性理論。
ヴォーカル・やくしまるえつこは、最初から最後までほぼ直立不動のまま。声もアルバムに忠実に体温低め。最初はちょっと硬くなってるのかと思ったけどそんなこともなく、むしろこちらが慣れていなかっただけで。ブレイクを多用するエモっぽい演奏に乗せ、歌詞中の特徴的な単語を転がしながら、たゆたうような不思議なグルーヴを生み出していた。

2008/05/04

君についての覚書き

連休初日。
松倉如子さんやビトさんが出る円盤ジャンボリーに行くつもりだったが、寝坊して断念。自由と生存のメーデーに夜のトークイベントから参加することにして新宿へ。

開始時間になっても会場のCLUB ACID前にはけっこうな行列が続いており、盛況な様子。
フリーターズフリー組に合流させてもらい、中へと入る。ちょうど雨宮処凛さんがトークしているが、人がいっぱいのため入り口そばに席を確保し、杉田俊介さん、大澤信亮さん、栗田睦子さんらと近況など話す。以前からいくつかの集まりでよくお名前を伺っていたかりん燈の渡辺琢さんや、雑誌『ロスジェネ』を創刊準備中の浅尾大輔さんを紹介していただく。

『ロスジェネ』については、デザインやタイトル周りはともかく(えらそうにあーだこーだ言ってしまいすみませんでした)、内容については期待している。
とくに大澤信亮の小説。
以前、同人誌『エフェメーレ(儚)』に掲載された「君についての覚書き」は本当に突き刺さったから。

みんなでラーメン食って帰る。

2008/05/03

眼のエイリアンズ

昼、京橋の喫茶店でSPOTTED PRODUCTIONSナヲイさんに忙しいなか時間をつくっていただきインタビュー。
というかおしゃべり。

『童貞をプロデュース。』をはじめとして、常日頃、ナヲイさん仕掛けの映画を楽しませてもらってるのはもちろんのこと、自分の企画した上映イベントを手伝ってもらったり、新年会でも「やったろうぜ」ってな感じでマジ握手したりしていながら、じつのところナヲイさんの過去のことはほとんど知らずにいたので、いい機会だった。

一度も作り手に回ったことがないことを気にかけながらも、だからこそプロデューサーとしてできることを、と探るナヲイさん。プロジェクト主義でなく、作品至上主義でもなく、まずはとことん監督の才能と人柄、つまりは人間に惚れ込むナヲイさん――。
こないだ「エクス・ポ」のイベントで、富永昌敬監督が、「日本映画界にあとふたりぐらいナヲイさんがいれば状況はかなりよくなるのに」(ややうろ覚え)みたいなことを言ってたけど、ホントそう思うよ。

前野健太三輪二郎のCDを手渡す。
近いうちにふたりとナヲイさんを引き合わせたいと思っている。

Vernacukar_2インタビュー後、すぐそばのINAXギャラリーでやっている石川直樹写真展「-VERNACULAR 世界の片隅から-」へ。

端正な距離のとり方と、呼吸の深さがズシリとくる。
生命の躍動が、おそるべき静謐さのなかに収められてる。映画のアクションシーンが、クライマックスで、無音とともにスローモーションになってしまうような。

石川さんとは近日中に、ある雑誌連載のなかで一緒に仕事をさせてもらう予定だ。
その連載は、たぶんぼくがもっとも好き勝手させてもらっている編集者仕事のうちのひとつで、毎回、自分の好きな写真家たちにひとりずつ交替で撮影をお願いしている。

これまでお願いしたのは、下村しのぶ、梅佳代、梅川良満、川島小鳥、間部百合。いずれも固有の距離感、質感、カメラアイを持った素晴らしき写真家たち。
事実、あがった写真は、全員が全員、信じられないぐらいよかった。
石川さんの写真もすごく楽しみだ。

Mayonakaそして写真家といえば、新創刊の雑誌『真夜中』で、大竹昭子さんが名著『眼の狩人』の90年代版、その名も「眼のエイリアンズ」という連載をはじめている。
記念すべき第1回にフィーチャーされているのが佐内正史。
佐内さんの写真に拮抗する張り詰めたテンションといい、写真から見た雑誌エディトリアルの変遷への言及といい、まさに『真夜中』の篝火となるような熱さを内包した美しい文章だった。

2008/05/02

観客という名の鈍重な演劇的身体

吉祥寺シアターでガーディアン・ガーデン演劇フェスティバル参加作品のユニット美人「髪結いの女たち」を観る。

ユニット美人は京都の劇団衛星所属俳優の黒木陽子と紙本明子が中心のユニットで、仮結成当初は「クラブイベントなどでちょこっと『ブルマ人間ブル子』のコントをやっていた」(劇団HPより)らしい。どんだけゆるい「クラブイベント」だよ……。

劇団のテーマでもある「女性が考える女性の強さ・美しさ・笑い」を30分×3話で、努力・友情・勝利な子どもアニメ風に展開してみせた今回の「髪結いの女たち」。ズバリいって、同じテーマならはなとゆめのほうが好みだし、むっちりみえっぱりの角をクニッと丸っこくするような「演劇あたま」のほうを圧倒的に買う。ただ、それでもやはり、失うものがないゴーフォーブロックなブルマ姿のハイテンション演技は、イナタいローカル色とあいまって、ちょっとだけ心に響いてくるものがあった。

あと、1ステージのみの東京公演にしたために早々にチケットが完売してしまったらしく、予定していた観客席の後ろにちょっと間をあけて、追加でさらに一段高いひな壇を設けており、ぼくもその追加席で観劇したのだけど、これがまったくの偶然とはいえ、非常におもしろい体験だった。

もともとの席というのが舞台美術である赤い絨毯の花道をサンドイッチする形で設けられていて(先日のチェルフィッチュ「フリータイム」みたいな客席といったらわかる人にはわかるだろうか)、もう砂カブリみたいな状態なんですね。この席が手前・奥、合わせて80席ぐらいあっただろうか。
劇団側の謙虚さというか、自信のなさの表れというか、1ステージ公演にもかかわらずその席数なもんで、吉祥寺シアターのいつもなら舞台となるべきスペースに舞台美術と観客席すべてがコンパクトに収まってしまっているような感じだった。

一方、追加の席というのは吉祥寺シアター備え付け観客席の上方部分、言ってみればいつもどおりの観客席なのです。
そんなわけで、この追加席という名のいつもどおりの観客席から舞台を眺めると、自然と、「赤絨毯の花道で繰り広げられる、妙齢女子がブルマ姿で繰り広げるハイテンション芝居」だけでなく、「そのハイテンション芝居を砂カブリの位置で見せられて笑ったり当惑したりしている観客たち」をも観ることになってしまうのです。
ようするに、意図せずして(もし意図してたのだとしたら素晴らしすぎる)、舞台上に異化効果が働いちゃってるという。

そうなると、自分の身体も含めて、小澤英実いうところの「暗い客席のなかで窮屈に身を寄せ合って座っている、観客という名の鈍重な演劇的身体」がグーンとせり出してきてしまうわけで、これはかなりスリリングで貴重な観劇体験だったのでした。

Butaigeijutu13で、そんなことを考えたのも、送っていただいた『舞台芸術』に掲載された小澤さんの「生きてるものはいないのか」と「ゴーストユース」についての論考、その名も「めぐりあう身体たち」がかなり刺激的だったからで。

この論考、自分も末段で謝辞を記していただいているんですが、だからというわけじゃなく、ホント普段から自分が漠然と考えていたようなことがきちんと整理して書かれていて、びっくりした。
やっぱりちゃんと勉強しているひとはすごいなあ。

いちばんグッときたくだりを孫引きしておこう。
ブレヒトの演劇に深い影響を受けたトニー・クシュナーが、セントラルミシガン大学で行った講演の質疑応答のなかで、演劇と映画の違いを説明した発言――。
ブレヒトの理論の非凡なところは、すごくシンプルなことだと思う。舞台上の物体を見るとき、その物体はそれらしく見える。きみがそう信じているからね。でも同時にそれは、それが表す物なんかではまったくない。それは舞台上にあるニセモノだ。演劇は、きみにそのことをけっして忘れさせない。これが演劇だけがもつ価値なんだ。……きみは演劇を単一に見ることはできない。きみは演劇を二重に見なければならない。ある種のぼやけたヴィジョンで見なければいけないんだ。舞台の上できみが見る死体(もちろん、もっとも有名な例は『ハムレット』の終幕だ)、舞台上で見るあらゆる死体はみな息をしている。もしそれが本当に素晴らしい『ハムレット』なら、観客は涙を流すだろう。役者たちは当然死んでいないと理解しているのだからおかしなことだが、それでもひとは揺さぶられて涙を流させられる。観客は世界を批評的に見させられるんだ。……『エンジェルス・イン・アメリカ』の映画版で、製作者たちがワイヤーをデジタル処理で除去しようとしたとき、僕たちは大論争をした。なにしろワイヤーこそが重要なんだ。公演日程の終わりごろには、引き具に吊された不幸な女優の背中は壊れそうになっている。でも、もしそれがほんとうにすごい芝居であれば、見ている人はそれがリアルじゃないと知りつつ、超自然的で魔術的な何かを見ている感じをもつ。この二重性――それこそが、生を理解し、生に到達するための唯一の方法なんだ。
あー、もう、まさに自分が演劇に打ちのめされるときの核心がここにあると思う。
だからこそ、たとえば「マッスル」や「立川談志」について「自称・演劇好き」みたいなひとたちに話すとき、好き嫌いはべつとして、「それってプロレスでしょ」とか「落語でしょ」とか言ってスルーされたりすると、とてもさびしい気持ちになるんだよなあ。
演劇って、「ぴあ」のインデックスじゃないんだからさ。

2008/04/30

4月後半の脳天くだくだ記

◆4月15日、「都会の迷子さん」vol.4@東高円寺UFOクラブへ。
当初行くつもりじゃなかったんだけど、百年のとき、三輪さんや吉田さんと話てたら、やっぱりこれは行かなきゃならんだろうと。ライブじゃなきゃわからないことがいっぱいある。

そしたらやっぱり! ねずみバンド! なんだこの切なすぎるメロディは!
たまみたいな歌詞をXIU XIUみたく歌うとんでもないバンド。もっともっと観ていたかった。
「吉田さんに二胡を弾いてもらったライブ音源を売ってます」ってゆうから手売りしてもらったら100円だった!

三輪二郎&いまから山のぼりを初めてバンド編成で観る。
同じ曲なのにまたぜんぜん違って、むちゃくちゃカッコよいアシッドロックバンドだったよ! ドラムのあだちさんがすげえタイム感。
なるほど、これがいまから山のぼりなのか。かっこいいぜ。
なんか聞くところによると6月にはあがた森魚といまから山のぼりなんてものが企画されてるらしいので、いまから楽しみ。どんどんやってほしいよ。友部正人といまから山のぼり、遠藤賢司といまから山のぼり、友川かずきといまから山のぼり……。

このひとのライブレポはいつでも素敵だなあ。

◆4月18日、シネマライズで『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』。
すでにヘンリー・ダーガーの世界に魅了されている人間にはやや物足りない内容だったけど、でも、あの絵を動かしたいと思って実際に動かしちゃう熱意はすごい。

ぜんぜん関係ないけど、ロッテリアの絶品チーズバーガーはぜんぜん絶品じゃない。オレだけ?

◆4月20日、ガンダーラ映画祭。Aプロ&Bプロを。
なんてったってChim↑Pomでしょう。カラスの群れもスーパーラットもてぃんさぐぬの花もエリゲロも全部よかった。
現代アートの面白げなやつってなんかオタクとかアキバっぽいものが多い感じがしてたんだけど、Chim↑Pomはもろに北関東テイスト。実話ナックルズ系なのがグッとくるよ。アート界のマッコイ斉藤。

そして、マッコイ斉藤フリークでもある松江哲明監督の新作『セックスと嘘とビデオテープとウソ』も、ウェッティな素材をドライに編集し、メリハリの効いた目覚ましい出来。
編集のテンポが作品中でも触れられていた『ハメ撮りの夜明け』ぐらいにまで戻っていたね。同ポジ編集もなかった。そのへんもじつに興味深かった。
『ドキュ嘘』を頂点とする、松江監督のカットつなぎ、あの「貧乏ゆすり」のようなテンポについてはいつかどこかで論じてみたい。あのテンポこそが、松江哲明の現代性を体現していると思うから。

それにしても今回のガンダーラ映画祭、大橋くんとcobi.が大活躍。

◆4月22日、お笑い無法地帯@阿佐ヶ谷ロフトA。
遅れて会場着のため、昔から勝手にシンパシーを感じている猫柳ロミオを見られず残念。
とはいえ永野ですよ、永野!
「聴いたことないけどサザンの『津波』を歌います」
「聴いたことないけどイスラエル国歌を歌います」
「日本に初めてヘロインを広めた人をやります」
文字に書いても伝わらないこの面白さ。
ここで永野のネタ動画が見られるので、ぜひともみなさんにも味わっていただきたいです!

◆4月24日、なぜか東野祥子さんのストレッチクラス@高円寺 BABY-Q Dance Lab.に初めてお会いした方の手引き(詳細は省略)で参加するハメに。
30男がストレッチという名の無様な姿を晒しているのを自ら鏡で確認してたら、なぜかすぐ後ろに思わぬ知人(20代女子)がいたりして、どんな罰ゲームかと。でもまあ面白かったし、身体も伸び(たような気がし)ていい感じ。

そういや昨年末に、劇評サイトの07年回顧企画でこんなことを書いていた。
たとえば、立川談志、片岡飛鳥、岡田利規、Chim↑Pom、マッスル坂井、前田司郎、マッコイ斉藤、松江哲明、東野祥子、三浦大輔らを緩やかに点綴していくことで見えてくるものに、興味がある。そのへんはあいかわらず、だなあ。
ホントだよな。

◆4月26日、ガンダーラ映画祭Cプロを。Chim↑Pomの『アイムボカン~地雷撤去という超セレブな夢』と、綿井健陽『がんばれ陸上自衛隊@イラク・サマワ』という、この組み合わせでしかありえない上映形態。
たとえ綿井さんの重しがなくて、『アイムボカン』だけでもズッシリきたよ。そのことがまず驚き。とはいえ、『がんばれ陸上自衛隊』のつま先に落とせば痛みを感じる重さも効いた。もうフラフラ。

◆4月27日、本屋プロレス!!
すごかった!!

◆4月29日、「都会の迷子さん号外~若者(うたもの)たち~」@秋葉原CLUB GOODMAN
出演順に、とうめいロボ/OWKMJ(俺はこんなもんじゃない)/埋火/前野健太とDAVID BOWIEたち/長谷川健一。

この日を楽しみにしてた。埋火はCDよりもずっと激しくアシッドだった、ロックだった。マエケンの気合いがハンパなかった。一方でハセケンはじつに淡々と静謐で地続きで、こんな風にずっとやってきたんだろうな。みんなゆってたけどやっぱりあれは京都なのかなあ。
ハセケン終わりでDJなんのこっちゃい西山さん。が流したのはオクノ修さんの曲だったのでした。

終演後、あだち麗三郎さんと初めて話す。
俺はこんなもんじゃないのowkmj(俺はこんなもんじゃない)のサックスも務めるあだちさんだが、この日の前野健太とDAVID BOWIEたちといい、先日の三輪二郎といまから山のぼりといい、とにかくすげーかっこいいドラムを叩くのです。

◆4月30日、ついに無人島プロダクション上陸。Chim↑Pom主要メンバーと会談す。

2008/04/12

百年「と」うた

自宅から3分のところにありながら、イベント参加は初めての百年へ。百年「と」うた。出演は三輪二郎&吉田悠樹/杉野清隆。

一週間前にチケット買ったら整理番号が3番だったのでちょっと心配してたんだけど、店内、静かに熱い若者たちで満員。百年店主も書いてるように、初めてのお客さんが多かったみたいで。なんかじわじわと彼らの「うた」の魅力が広まってきているような気がする。

まず杉野清隆が、美しい弾き語りを。誠実かつロマンチックな人柄が伝わる一音一音。吉祥寺の呑み屋(たぶん美舟)で食べたアジフライのことを歌った曲がよかった。

三輪二郎は吉田悠樹による二胡の伴奏つき。吉田さんはじつはこの界隈のキーパーソンで、すでに前野健太バンドでも観ていたけど、この日の演奏はまた格別。古本屋の片隅で聴く二胡の調べには凛としたリリシズムがあった。
そして、いまさらだけどやっぱり三輪二郎、いい声だなあ。歌いだすときに空気が変わる。その瞬間が好きだ。

打ち上げで美舟の2階へ。杉野さんの歌ったアジフライを(やっぱり美舟だった)。あれ? ここのアジフライ、こんなにおいしかったっけ、てなもんで。
ハモニカを何軒かハシゴして、一風堂のラーメンで締める。

そういや一風堂、味が変わってまちがいなく旨くなったのは歓迎すべきことだけど、どさくさの値上げで、ちょっと替え玉などすると1200円とかいってしまうのはなあ……。

2008/04/10

ポツドール「顔よ」

ポツドール「顔よ」@本多劇場へ。
立川談志師匠言うところの「やりやァがった」出来。
まったくすげえな。

ポツドールについては、いま売ってる『クイ●クジャパン』で三浦大輔さんのインタビューをやってるので、見てやっていただければ幸いです。「居合わせてしまう」即物感とか、「窃視症」と「露出狂」が同居する地下室の想像力とか、テレビ的な俗っぽさなんかについて、ポツドールの歴史と絡めて聞いてます。

あとまったく関係ないけど、やなぎくんぐらいしか気づいていないし、もちろんタレントのファンはそんなことまったく気にかけてなさそうなので記しておくと、上記の雑誌で、なぎ食堂店主ことmap小田さんが鳥居みゆきにインタビュー(!)していて、(当然のことながら)素晴らしい原稿となっておりますので、このブログを覗いてくださっているような方々にはぜひともチェックしていただきたいです。

それにしても前々回公演「激情」からの本多劇場進出って、じつは「騎士クラブ」でのセミドキュメント化、「男の夢」での脱セミドキュメント化と並ぶくらい、ポツドールにとって大きな転機なんじゃないかと思う。
誰かがネットで書いてたけど、たしかにこれほど小劇場すごろくをきちんと上がっていく劇団も久々というか。
なにしろ本多劇場、こなくなってたもんな。

ポツドールにはこのまま突き進んでってほしい。内容はいまのままで、いつの日か芸能人とか出るようになったら最高だなあ(だってさいまでこそ普通のことになってるけど、大人計画の芝居に芸能人が出る日がくるなんて思ってもみなかったよ10年前は)。

2008/04/05

TARA JANE O'NEIL JAPAN TOUR 2008

タラ・ジェイン・オニールのライブ@渋谷O-nestへ。
ここんとこいいライブが続きます。

対バンがhelll、ジェフ・ソール、セラフィナ・スティアとけっこう長くて、メインのタラさまが登場する頃には足の裏がいたくなっちゃうあたりも、いつものmapのイベントらしくて苦笑い。でもどれもよかったなあ。

Tara_2そしてメインのタラさま。
昔の日記を掘り返してみたら、初めてライブで観たのは2002年の6月
あれからもう6年もたつのか。

激しくカッコイイアルバムを出したり、たおやかでまろやかなアルバムを出してみたり、いろいろあったタラさま。そんな振り幅にもかかわらず、いつでもナチュラルな感じなのが不思議。
でも、よくよく考えてみれば、初めて観た時点で、すでにロダンもレトシンも通過してるんだもんなー。

こっちもこっちで、AVメーカーで働いたり、一ヵ月家に帰らないでエロ本つくったり、タラさまの音楽が流れるようなイベントやったり、いろいろあったわけで。その途次で夜の新宿を一緒にヤクザに追っかけられたりしたキャシージンのミャーザキくんと並んでタラさまのステージを観てたんだけど、感慨というよりは、ずっとこんな風にいろいろ続いていくんだろうなあという諦念つーか、大げさだけど悟りのようなものがありました。やっぱりナチュラルだったこの夜のタラさまに触れ。

ライブでは観られなかったけど、福田さんのブログで紹介されてるアコギ弾き語りもすごくよいです。

2008/04/04

『実録・連合赤軍』

Sekigun_2

テアトル新宿で若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』を観てきた。
平日昼間の回にもかかわらず、ほぼ満員の入り。
そのテンポといい迫力といい、ぐいぐい迫ってきて、3時間以上ある上映時間があっという間だった。
ぜったい劇場で体感すべき映画。

ずいぶん前に、『赤軍―PFLP・世界戦争宣言』を観たときも書いたけど、やっぱり「銃」へのこだわりがハンパないよ。
前半、ゲバ棒や火炎瓶の闘争に70年代風ディストーションギターサウンド(音楽監督:ジム・オルーク)をかぶせてみせてたのが、スクリーンに「銃」が登場したあたりから急にテンションが変わるからね。
「我々は銃による殲滅戦を完徹する――」。

坂井真紀演じる遠山美枝子のリンチ殺人シーンがすごい。
ここのインタビューや制作日記にあるけど、遠山美枝子は当時、『赤軍―PFLP・世界戦争宣言』の上映運動を手伝っていて、若松プロにも出入りしてたんですね。

あと永田洋子役の並木愛枝という女優も素晴らしかった。

「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」予告編

2008/03/22

若者(うたもの)たち

先日予告したとおり、行ってきました「若者(うたもの)たち」@秋葉原グッドマン。
これが予想していたこととはいえ、ホントに素晴らしいライブイベントだった。

Miwa一番手は三輪二郎
おはよう おやすみ』は何度も何度も聴いていた。けれど生で観るのは初めて。しかも弾き語りソロ。
最初の一音、その空気の振動からしてちがう。今夜はとても特別な夜になるぞと。鳥肌音楽。

昼下がりの合図について歌いながら、なに食わぬ面持ちで夜の冷たさを同居させる三輪二郎のうたよ。
それにしても、なんでライブハウスのラムコークはこんなにアルコールの回りが早いんだろう?

Inaka次はいなかやろう
うん、いいぞ。ウキウキなサウンドにヨレヨレなヴォーカル。やっぱりペイヴメントが一番さ!

解散ソング」という曲が名曲すぎる。
闇夜のバイクすっ飛ばしてたって歌詞に、築地市場で働いてた頃のことを思い出したよ。

Maeno前野健太とDAVID BOWIEたち
本秀康さんをして「現代のディラン&ザ・バンド」と言わしめる素晴らしきバンドアンサンブル。ホント、『ロマンスカー』は『Planet Waves』ですよ(「青い部屋」が2バージョン入ってる感じも含めて)。

なんて楽しいんだろう。孤独なんて言葉、ちょっとどこかへいっててくれないか。
「友達じゃがまんできない」のメロウ、「天気予報」のダイナミズム、ライブで初めてわかることがたくさんあった。

Mergaretそして、マーガレットズロース
登場時のBGMが「Like A Hurricane」(『Weld』に入ってるヴァージョン)。
いや、ホントにしばらくぶりだなあ。
「斜陽」も「紅茶の歌」もやらなかったけど、「べいびー」はとってもいいうただったぞ。

マーガレットズロースは「愛」だな、って書こうとしたら、佐藤くんも同じこと書いてたよ。

終演後、大橋くん奥田さんとCoCo壱カレーを食べて帰る。

なんかこういう日記って懐かしい感じ。
前はよくこんなライブレポ書いてたよなあ(こんなのとかこんなの)。

なんていうんだろう、けっして大げさなことでなく、いつまでも、いくつになっても、こういう場所にいさせてほしいと願った。

2008/03/09

五反田団「偉大なる生活の冒険」

五反田団 「偉大なる生活の冒険」@こまばアゴラ劇場を観る。

二日前に観たチェルフィッチュと対照的に、こちらは延々テーブルの高さにも届かない演劇を繰り広げていた。
つまりは寝ころんでいた。
その重心の低さは相変わらずで、頼もしいかぎり。
主人公の男(元恋人の家に転がり込んだ30がらみのニート)なんて、RPGゲームで地下ダンジョンにまで潜っちゃってたからね。

真っ暗な部屋でゲーム画面の明滅する光のなか、RPGゲームのラスボスを「ひのきのぼう」のみで数時間かけて倒そうとする場面、その空間と時間の孕むポテンシャルにおののいた。
チェルフィッチュ「フリータイム」のなかで、派遣OLがファミレスのテーブルで日記代わりに延々と「円」を描く、あのポテンシャルと緩やかに共振するものを感じてしまった。
『全的な回復』=≪今の時≫に至る手前の、存在の停止の瞬間(の骨片化)、無限陥没の継続
テーブルの高さで繊細にバランスをとろうするチェルフィッチュ。
テーブルより低い高さでゴロゴロする五反田団。
どちらも、社会との繋がりを、「わが身に深く錨鉛を降ろす」ようにして見せてくれたと思う。嘘くさくないやり方で。

ラストのカニ缶の生っぽさもよかった。

帰りがけ、『nu』の戸塚くんにちょろっと取材を受ける。たぶん次号(?)の『nu』に載るのだと思います。

あと、「フリータイム」と「偉大なる生活の冒険」については、改めて某誌に原稿を書くつもり。わりと同じような内容になると思うけど。

2008/03/08

チェルフィッチュ「フリータイム」

チェルフィッチュ「フリータイム」@六本木Super Deluxeを観る。

なによりもまず、ファミレスのテーブルの高さで、社会とのバランスをとろうとする姿(文字通りその体勢)にぐっときた。
自然人は無際限の自由をもっている。自然人の対極は奴隷人である。しかし、奴隷人の奴隷人たるゆえんは、自分を縛るカセが自然のオキテに等しいとみなすことにあるから、その意味では奴隷人もまた無際限の自由をもつことになる。ガレー船に掲げられていたという自由である。
それにくらべると、社会人は大幅に自由を減じている。社会人は共同した生活を選んだヒトのあり様である。自由が減じた原因は共同にある。共同は規模が大きくなるにつれて、あるいは緊急事態の出現によって、協議・指導・指揮・支配が要請されるようになる。どのように理想的な共同でも、自由は目減りしているのである。
 (中略)
課題は古くて新しいというべきである。ヒトが共同へ向かったときの、その自発意志、すなわち自由をせばめながら責任観念を発生させた内発的義務とは、何なのであるか。
(最首悟『星子が居る』)
チェルフィッチュについては初めて見た「労苦の終わり」があまりにも衝撃で、あの終始夢見るような、酩酊するような、それでいて現実の重力に引きずられるようなマジカルな体験を追い続けて観てきたところがあったのだけど、今回、それをようやく更新することができた。

かつて「労苦の終わり」について映画の撮影現場のようだと書いたことがある。だが、「フリータイム」の、現前性とイリュージョニズムの隘路を抜けて、俳優のみならず観客までもの潜勢力を引き出そうとする繊細な手つきは、降霊術のような趣さえあった。
素晴らしい体験だった。

そういえば、先に引用した『星子が居る』は、杉田俊介に貸そうと思って引っ張りだしたもので、その杉田さんはかつてこんなことを書いていたのだった――。
ともかくアガンペンの言葉に耳を澄まそう――「バートルビーが新しいメシアだとしても、彼は、イエスのようにかつて存在したものを贖うためにではなく、かつて存在しなかったものを救済するために到来するのだ」。アガンペンは著書のあちこちで無為・非労働に転倒的価値を見るが、ここでの認識はそれとは違う。アガンペンはライプニッツの「偶然性」の定義=「偶然性とは存在(ないし真として存在)しないことができる何かである」を引用し、「バートルビーが冒す実験は次の『全的な回復』(アポカタスタシス)まで突き抜ける。
「むしろそれは一つの脱想像であり、そこでは、起こったことと起こらなかったことが、神の精神の内で、もともとの単一性へと回復され、また、存在しないこともできたが存在したものは、存在することもできたが存在しなかったものと見分けがつかなくなる」。
生者や死者ばかりではない。かつて存在しなかったものをも包摂するメシア主義なきメシア性。相変わらずアガンペンの拘りは奇妙で不可解で、この部分には安易な想像を許さない独特の凄みがあるが、それでも引用したパートの言葉は殆ど神秘思想へと沈潜している。しかし重要なのは、「全的な回復」=≪今の時≫に至る手前の、存在の停止の瞬間(の骨片化)、無限陥没の継続の方にあるはずだ。
(杉田俊介「ニート/バートルビー」)

2008/03/06

都会の迷子さん

ある都市で道が分からないということは、大したことではない。だが、森のなかで道に迷うように都市のなかで道に迷うには、経験や知識が要求される。通りの名は、枯れた小枝の折れる音のように都市の放浪者へと語りかけ、そして、迷い込んだ都市の路地が山の谷間の表情のように、そこを歩いた放浪者の記憶を呼び起こしてくれるのだ。
(ヴァルター・ベンヤミン)

ダーチャで「都会の迷子さん」ことハヤシライス・レコードの佐藤くんに取材。というか、だらだらおしゃべり。「若者(うたもの)たち」キャンペーンのことを中心に。

「うたもの」って言葉には自分もそれなりに思い入れがあって。
本当に話すことが多すぎて、楽しくて、刺激を受ける。

ひとしきり佐藤くんの話を聞いて思い出したのが、昨年円盤でみたゑでぃまあこんライブのときのあの感じ

自分のなかの「若者(うたもの)」が疼くのを感じる。
また、できるだけライブに足を運ぼうと思った。
3月22日(土)@秋葉原グッドマン
【若者(うたもの)たち】
open18:00/start18:30
前売2300円/当日2800円
出演:三輪二郎(ソロ)/前野健太とDAVID BOWIEたち/いなかやろう/マーガレットズロース

帰り際、ダーチャのアルバイト募集ビラに大橋裕之先生のイラストが。と思ったら、店主なおさんが勝手に大橋テイストを真似て描いたものだった。
大橋くん見たかなあ。

2008/03/03

犬の成人式

バサラブックスの2周年記念イベント@東高円寺UFOclub。

ちょっと遅れてしまい、日本一の極寒芸人・ジャン相見のステージを見られず、残念(自分に勝ったら千円あげますっていうジャンケン大会をしたとのこと)。

ちなみに会場で、以前僕が聞き手をやったジャン相見の人生ライブ(観客数20人弱)を観ましたという人に話かけられてびっくり。

大橋裕之先生の紙芝居は、二日前の紙-1でもかけた「マンガヤクザ」。漫画道に命を懸けた極道たちの群像劇。
堀道広先生は飛び道具・クラッカーも使用した、三次元紙芝居。

ゲラーズ、活動休止直前ライブとのことで、見るほうはわりと前のめりだけど、本人たちはいたって淡々(内心ははかりしれないが……)。
しかし、いいバンドなのにもったいないなぁ。

松倉如子突発ライブ。
どうしようもなく「うた」だった。

前野健太×本秀康トーク。
二胡の入った前野健太バンド(前野健太とDAVID BOWIEたち)を、本先生がディランにおけるスカーレット・リヴィエラになぞらえたのにぐっときた。
その後の前野健太の素晴らしさ。

たとえば松倉さんがいて、ゲラーズがいて、前野健太がいて、ラスト・ワルツといったら大げさだけど、最近じゃそんなことがわりと普通に起こっているような気がしている。

2008/03/02

XIU XIU来るらしい

なにしてたか思い出せない日。
たぶん寝て起きて本でも読み、夜は飲んでたのでしょう。

そういや、先日の日記で「ライブ見たい」と書いた矢先に、XIU XIUの来日が発表されてびびった。
4月14日、Kill Rock Starsのショウケースライブ

というわけで、P-VINEがKill Rock Starsの国内代理販売契約を結んだみたいだけど、5RCから出てたトチ狂ったバンドたちのアルバムも解説入りでリリースしてくれないものだろうか。
なんか本家キルロックも5RCのリリースを凍結してしまったみたいだし……。Amps for Christとかなあ……。

まあ究極のところ音源はどうにでもなるので、ライブが見たいだけだったりもするんだけど。

2008/03/01

紙-1グランプリ'08

五反田でポツドール・三浦大輔さんにロングインタビュー。

掲載予定が次回公演直後という宣伝にも劇評にもならない時期ゆえ、かえって自由になんでも聞いてよいという希有なインタビューをさせていただく。やはりそうだったか、と合点がいくこと多し。

インタビュー後、カメラマンと軽くお茶したのち、阿佐ヶ谷に移動。
Asagaya/Loft Aの「紙-1グランプリ'08」決勝大会へ。

到着するなりバサラブックスのKくんが「大橋さんと田中さんが予選から勝ち上がってますよ!」と報告してくる。なんつうか、「K-1グランプリ」というよりは、「G1クライマックス」な風情。もちろんオイラも断然G1支持派です。

肝心の決勝は、笑いをとるか、完成度をとるか、発想力をとるか、という切り口でかなり評価が変わってくる。それも込みで面白いイベントなわけで。なので観客投票結果を会場前方に貼り出すのは大正解。ようするにお客も試されているのです(得票ゼロの人がいたのはちょっとガチすぎたけど……)。

Nagoyajo_2個人的には、紙芝居で名古屋城を建ててみせた堀道広先生と、ピーター・ガブリエルの狂気に触れたキクチヒロノリ先生にやられました。

帰りがけ、ゲラーズのKくん、バサラのKくんとその友達とで武蔵家へ。久々に家系ラーメン食ったら、これが普通盛りでもけっこうきつい。
なんか、やなぎくんも最近そんなこと書いてたな。

2008/02/29

立川談志 NEVER ENDING TOUR

仕事をぎりぎりで切り上げ、立川談志独演会@銀座ブロッサム中央会館へ。

この日の日記で一区切りついたかな、みたいなことを書いた談志師匠であったが、早くもファンの間で伝説化している07年末の「芝浜」@よみうりホールに象徴されるように、すでに新たなるステージに突入している。

じつはその一年前の(つまり先の日記を書いたわずかに2ヵ月後の)タイタンライブにおける「鼠穴」に、すでにその萌芽は見られた。さらに言えば、その「鼠穴」から「芝浜」までの間に、カート・ヴォネガットの死があり、『笑う超人』があり、「今夜はふたりで」がある。
つまりは太田光との一年があった。

クラシックとイリュージョンを止揚し、脱構築もしくはチェルフィッチュ化とでもいうべき時期も通過し、またもや我々の前で新たなるメタモルフォーゼを遂げたこの談志ACT Xをなんと呼ぶべきか、いまはまだとまどうばかりだ。ただ、わずかなりに手がかりとなるであろうテーゼは、「わからないことをわからないままに演ること」。
すでにそれは「イリュージョン」ですらない。
わからないことが「わからない」のだ。

「松曳き」「天災」と二席見た。
この日の談志師匠はフレーズの人であった。
わからないことをわからないままに演ること。
なにしろ「わからない」だらけだ。
とにかく見続けていけば、また書けることがあるかもしれない。

これでまた談志師匠から目が離せなくなってしまった。

2008/02/10

飲み屋でだらだら音楽話をしたら楽しかったので

プロレスの練習してる。


はともかくライブ見たい。


無駄に大仰でよい。


ライブ見逃した!


狂ったように聴いてる。


なんだかんだいって一番カッコいいロックバンドって、


この人たちだったんじゃないか、という話に。


どんなひとかまったくわからないのが嬉しい。


さかなのライブしばらく見てないなあ。


言わずと知れた日本屈指のロックンローラー。


ショーケントレインにゃ終点はないよ。


30すぎると涙もろくなっていけない。

2008/02/06

Love is All

かれこれ何年くらいか、暮れになるとその年によく聴いたアルバムなんかをここに書きつけてるもので、いまさら恐縮ながら、07年にお世話になったアルバムを一枚だけ紹介させてください。発売時期はさらに前で06年(05年?)だったりしますが……。

LoveisallLove is All 『Nine Times That Same Song

いやー聴いた! とくに「Turn the Radio Off」という曲を狂ったように聴きました。
なんていうのだろう、「ばらの花」とか「今夜はブギーバック」とか「Strings of Life」とか、あの手のやたら思い出がいっぱい的な情景喚起力のある曲なんですよ。キラキラしててちょいやぼったくて愛おしくて切なくて。
リミックスアルバムに入ってるMaps remixバージョンが、神憑っていいんだまた。

あと、なんたってバンド名がいいよね、Love is All。

2008/01/05

イージューライダー

◆あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
たぶん今年もだらだら続けますよ!

◆またもや年明けは、五反田団の工場見学会へ。
今年の出し物は「アングラのにせもの」。というわけで客入れのBGMからして三上寛だったり。
もちろん内容もひたすらにくだらなく(やたら「おかぁさーん!!」と絶叫など)、堪能させていただきました。

◆工場見学会のあとはそのまま後楽園ホールへ移動。
こちらも毎年恒例になりつつあるマッスルのマッスルハウス5へ。

いやーもうなんというか、すごいものを観てしまった。
しいていえば、原一男の「踏み越えるキャメラ」か。
この方も書いてるけど、ホント大家健のあの顔だよ。
オイラも、場外乱闘で鈴木みのるに迫る大家健のあの顔で、涙腺が決壊しました。

一緒に観にいった松江監督の日記も→

◆そして最後にわかったこと。
30過ぎると「イージューライダー」(今回のマッスルのエンディングテーマ)が沁みる。とにかく沁みる。