2006/09/07

「ゴドー」が来てしまった男

◆「マガジン・ワンダーランド」というメルマガに書いた超歌劇団「ドガガガーンゴワーシュンボコーンプシューバゴーン」のレビューがここで読めます。ユルいのに熱い!超歌劇団の魅力を伝えようとした結果、かなり浮いてます。が、問題なし!
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◆あー、あー、て感じで仕事の奔流が。しかも、イチから調べものしなきゃならない原稿が多すぎる。どれも気にはなってた分野なので読書自体は楽しいのだけど。

Juu◆中村文則、03年のデビュー作『』がガツンときた。
主人公のふわふわとした妙な無気力さが、「引きこもり」や「ニート」といった社会動向とまったく結びつけられることなく描かれているのがいい。

「私」が、たまたま拾った銃。そのたしかな質感がもたらす生活の強度。「私」は銃を撃つことができるし、撃たないこともできる。言うまでもなく銃は「自由」であり、「可能性」でもある。

しかし、解説の中島一夫の言葉を借りれば、「『私』は、この銃のもつ『発射=決定』の論理に抵抗できない」。あれほど可能性に満ちていた未来も、結局のところ酷薄な現実の前に屈するしかない。

「ゴドー」が来てしまった男。
たまたま読書会用に『ゴドーを待ちながら』を読んでいたところだったので、そんなことを思ったりした。