2005/05/23

『太古、ブスは女神だった』 大塚ひかり

taikobusu

ワケあって美醜絡み、というかずばり「ブス」について書かれた本を大量に読んだ。その中で一番おもしろく読んだのがこの『太古、ブスは女神だった』。これ名著でしょ。ブスの歴史的考察という性格もあってか、他のあまたのブス本にあるような「アリバイ的自分語り」が控えめなのがよかった。もちろん最後には切実な心情が吐露されてもいるんだけど。

それにしても平安時代はすごいよ。ブスやブ男を差別しちゃマズイってのは基本的に儒教が入って以降の考え方であって、美貌至上主義と仏教思想が結びついてた平安貴族にとって「醜く生まれつくのは、前世の悪業ゆえ」だったっていうんだもん。「醜=悪」だからね。『落窪物語』にでてくる“面白の駒”ってエピソードがすごいんだまた。
 ヒロインの夫は、ヒロインをいじめた継母の実の娘と、彼を結婚させて、継母へ仕返しをする。それがなぜ仕返しになるかというと、彼は治部卿の次男という高貴な身分だが、「顔色は雪の白さにて、首いと長うて、顔つきただ駒のやうに、鼻のいららぎたる(ふくらんでいる)事かぎりなし」という異形の男。しかも「しれもの」(バカ者)で、貴族仲間にも侮られているからだ。
 彼が娘に通いはじめて三日目、披露宴の席でその正体がばれると、娘は当然のように泣き沈み、継母達は、彼に食事もやらぬなどのあからさまなイヤがらせをする。ヒロインの夫は最終的に、仕返しの埋め合わせとして、彼の代わりに、立派な男を彼女にあてがうのだが、面白の駒はただ娘に捨てられておしまいだ。「顔がみっともなく、鼻の穴から人が通れるくらい」とか「鼻の穴の大きいことといったら、左右の穴に一対の寝殿が建つくらい」などと、物語では終始、愚弄されて終わりである。
ここまでブ男を仮借なく貶めてるのもなかなかないよ。しかもあだ名が「面白の駒」て!
いくらなんでもあんまりだよ。

これが武士の時代になるとちょっと変化があって、たとえば『男衾三郎絵詞』のなかには、
三郎は女子供にいたるまで乗馬や武芸を習わせ、
「武士が美しい妻を持つと短命になるのだ。関東八か国のなかで、とびきりの見た目悪を妻にしたい」と願って、東国一のブスと結婚する。
なんていう『ブスの瞳に恋してる』(この本も最高!)みたいな話が出てくる。さすがはもののふというか、すげえ美学だな。