2005/02/14

渋谷

shibuya0213ぼくのドキュメンタリーにはほとんど女性が出てこないという致命的欠陥があるのだが、仕事では女性ばかりイヤとなるほど撮影してる。どう考えても歪んでいる。

今日も今日とてセンター街でギャル撮影。渋谷はホント元気なくなった。埼玉の駅前感が漂ってたよ。

 あるとき、渋谷とはどういう街だ、と一人のヒスパニック系アメリカ人に聞かれた。彼らは子供の事情に非常に詳しい。
「すり鉢みたいですね。あなたたちの言葉で言えばどうなるのか。コパのような街ですね」
 コパ――コップ状のいれものだが、口をつける縁は微妙に内側にカーブしている。内容物をすすろうとすれば、ただ縁に唇を寄せるだけではなく、容器の底を天井に向けて一気にあおらなくてはならない。
「コパか」
 彼は薄ら笑いを浮かべた。
「縁にはどんな奴らがいるんだ」
 金持ち。とてつもない金持ち。東京も日本も安全でなければならないと考える金持ちたち。
「一番高い縁に、そいつらがいるのか。どうだ、その街は住みやすいか」
 まさか。
「なんでだ」
 そりゃ、すり鉢の底のことを“ないこと”にしたがるからですよ、コパの縁に住む人々が。エスプレッソを飲み干したあとに、コーヒーカップの底にたまる滓(かす)について彼らが何か考えるでしょうか。滓はさっさとメイドに洗い流させればいい、それが彼らのモットーだから。
「コーヒー滓か」
 彼は太った腹をしばらく撫でていた。それから言った。
「渋谷というのか、その街は。俺は、その街には行ったことはないが、そりゃ、絶望の街だな。絶望。絶望だよ。絶望の街だ。その渋谷という街は」
(井田真木子 『ルポ 十四歳』)