2004/04/28

談志系宇宙

変わらずなんとも忙しく新宿ロフトのHEADRUSHも多摩の五反田団もパス。すげー行きたかったのに! でも紀伊国屋ホールの寄席山藤亭「談志系宇宙」には行くことができたのだった。約一年ぶりのナマ談志。

開口一番ではなく、あくまで前説として林家たい平がひとしきり談志話。落語のピン時代のいい思い出話など。続く談春が「替わり目」。相変わらずそつなく上手い。昔はその破綻のなさが物足りず、どちらかというと志らくのワイルドさを愛したけど、いまの貫禄すら漂わせた談春はホントいい。そう思えるのは自分もそれなりの歳になってきたということなのかなあ。
お次の左談次は談志師匠の著作群を俎上にチャチャを入れていくトーク芸。落語を掛けないあたりがいかにも左談次で、皮肉と諧謔のチクリチクリにこちらもニヤリ。それにしても『現代落語論』のラストの二行は、落語界にとっていまもって重すぎる洞察だ。いや、もはや手遅れとも。書かれたのは1965年、テレビでもラジオでも落語は常に笑いの王様だった。そんな時代に真打ちになった立川談志、28歳。

最後にもう一度いう。人間未来を想像することはできても断言することはできないだろうが、落語が「能」と同じ道をたどりそうなのは、たしかである。
(立川談志 『現代落語論』)

真ん中にプログラムされた座談会はほとんど家元ヨイショ合戦と化してしまい、微笑ましくもイマイチの感。列席者は山藤章二・中尾彬・高田文夫・吉川潮。司会はフジの山中アナ。よっぽどうれしかったのか山中アナ、「ぼくたち“チーム談志”ですよ。そう言ってもいいですよね、ね。」と調子こくが、山藤画伯にあっさり却下され、ちょっとオモロ。

中入り後は柳家小菊が談志師匠に教えてもらった都都逸なども含め三味線で俗曲を。
トリはもちろん談志登場。今日は小噺をいくつか披露しマクラもそこそこに、サゲをあらかじめ振っておいての珍しい噺、「堪忍袋」。途中何度か立ち止まるものの、演りながら理解をしていくようないつものドキュメントという感じではなく、単にドライブしづらかったようにみえる。それでもやはり中盤からの引き込みは素晴らしく、サゲで堪忍袋の緒が切れると、みなワーワーと大団円。一旦幕が下りてからも、照れくさかったのか、楽屋に気を使ってか、「火焔太鼓」に始まり「らくだ」や「黄金餅」などが続くちゃんちゃかちゃん。談志師匠にそれをやられたら誰だってそりゃ嬉しいに決まってる。

終演後の客席で、なんと大学の先輩で新婚のFさん&奥さんに遭遇。かつてFさんに部屋を間借りするほどお世話になっておきながら、結婚式を欠席するという不義理を働いていたので知らなかったのだが、なんでも二人の結婚式の司会は左談次師匠だったらしい。そんな話を聞きつつFさん夫妻と三人で新宿飲み。途中から左談次師匠の奥方にして元立川企画(毒蝮事務所?)のMさんも合流。興味深い話や馬鹿話などを終電まで。