2017/06/17

解き放たれたサンプル



KAATでサンプル『ブリッジ』観劇。旗揚げ10周年にしての劇団解体公演にふさわしく、これまでのモチーフもこすりつつ、過去と現在を行き来するポストヒューマン演劇。ベタも辞さぬ構成が美しく、力強かった。
ホップステップは人懐っこく、だがジャンプはより遠くまで。
松井周も、俳優もスタッフも、解き放たれるようなエクスタシーがそこにはあった。

この公演にあわせて、サンプルが刊行した(といってもまだ3冊目だが)雑誌『サンプル』最新号で、松井周インタビューを依頼されました。
松井とサンプルにとって、そして観客である私たちにとってもこの10年がどのようなものであったのか。松井の創作を軸に聞きました。
『ブリッジ』観劇とあわせて、一読いただければ幸いです。

サンプルについて考えることは私にとっての悦びでもあり、過去に書いたいくつかの原稿は拙著『メモリースティック』にも収録した。
矢野利裕氏がこの書評で、それらの原稿にあるポテンシャルを拾ってくれたのはうれしかった。

以下に、サンプルについての原稿を二つほど転載しておきます。
松井周とサンプルの俳優たちのこれからが本当に楽しみです。

■性と生が変容する場所

シリアで「イスラム国」に拘束された湯川遥菜氏の安否が気になっている。なぜ身を危険にさらしてまで紛争地域に何度も向かったのか。終わらない居場所探し、自称「民間軍事会社代表」への箔づけ、そのほかいろいろ言われてはいる。ただ、彼のブログに見られる「1000人斬り」などのマッチョイズムと、「川島芳子の生まれ変わり」といった妄想や、男性器を切断し自殺を図ったというエピソードに見られる男性性からの逃避という捻れが気になるのだ。その捻れにこそ、彼が自らをのっぴきならない状況へ追い込んでいった要因のひとつがあるのではないか。

そんなことはグザヴィエ・ドランの映画『トム・アット・ザ・ファーム』の宣伝担当者であるMさんから連絡を受けるまでは考えもしなかった。Mさんに、「個人的な質問です」と前置きした上で、電話口で聞かれたのだ。「湯川さんのことをどう思いますか?」。湯川氏の拘束がニュースとなり、彼の経歴が取り沙汰されはじめた時期だった。当然その質問の背景には、ドランがこれまで同性愛やトランスジェンダーをテーマにした作品を撮っており、『トム・アット・ザ・ファーム』もまた、サイコスリラーというアプローチながら、登場人物たちがやはりセクシャルな隘路にはまりこんでいく作品だということも関係していた。

映画の導入はこうだ。交通事故で同性の恋人ギョームを亡くしたトム(ドラン監督自身が演じている)は、その葬儀に出席するため、恋人の実家である農場(ファーム)へと向かう。そこで会った恋人の兄・フランシスはトムにあることを強要する。フランシスは、母親に対して、弟にはサラという女性の恋人がいると嘘をついていた。その嘘をトムにもつき続けろと言うのだ。

初めは反発していたトムだが、次第にフランシスに支配されていく。ときに暴力的に、ときに官能的に。劇中でトムの性志向がはっきり示されることはない。フランシスとの関係も常に揺れ動いている。トウモロコシ畑の堅く鋭い葉に傷つきながら、どこにも逃げられない閉塞感がトムを襲う。いや本気で逃げようと思えば、逃げ出せるはずなのだ。だが、トムはファームに留まる。

いや、近所でつまはじき者とされているフランシスもまた、ファームを離れたくても離れられずにいるひとりなのだ。フランシスが過去に引き起こしたある事件には、ゲイ・セクシャルをめぐる引き裂かれるような捻れの感覚がある。

湯川遥菜の生気を失ったような目に、フランシスの諦念めいた表情が重なる。フランシスにとってのファームのごとき場所が、湯川氏を、どこか縛りつけていたのかもしれない。

サンプルの最新公演『ファーム』は、この劇団が近作で挑んできた再生医療などの先端技術と物語との相克を、日常性をベースにした「静かな演劇」において止揚する。間口は広いが、やはり奇妙な作品だ。宇波拓による家電ノイズも、本来は生活音なのに、落ち着かなさばかりをもたらしていた。

設定は近未来だろう。「ファーム」と呼ばれる人間は、他人の身体の一部を体内で培養できるという特異体質を持っている。遺伝子操作で生まれた逢連児(オレンジ)という名の青年もまたファームだが、常人よりも成長スピードが速いという問題を抱えている。バイオ学者である彼の父はそれを「エラー」と考えるが、母親はあくまで彼を「普通の子供」として受け止めようとする。ふたりは離婚協議中であり、母親にはすでに新しい恋人もいる。

なぜこの社会では「ヘテロな恋愛」や「実の親」といった概念が特別視されるのか。理由は、そこに種の再生産機能、つまりは生殖機能があるからだとされる。では、その機能が生命科学の進步により、十分にフレキシブルなものとなったらどうか。「愛」や「家族」といった概念はどうなるのか? 本作を観ているとそんなフェミニズムSF的な問いも浮かぶのだが、それ以前にこうも思うのだ。私たちは単なる遺伝子の容れ物にすぎないのか、と。

「遺伝子は遺伝にとって好ましい行動の内に、個体がよろこびを感受するように個体を錬成してきた。個体の利己を遺伝子の『利己』から剥奪して取り出しうるのは、両者の方向が対立するという状況においてだけである。たとえば鮭の個体の内に、苦難にみちたしかも死に至る産卵のための遡行を拒否し、大海にそのまま悠々と游ぶ自由と幸福を満喫することを選択する個体がいれば、その個体はドーキンスのいう遺伝子だの生存機械ではなく、個としての主体性を確立したといえる」
(真木悠介『自我の起源』)

動物や昆虫は繁殖に最適化した社会をつくる。しかし、そこからこぼれ落ちるものが、ぼくたちには数かぎりなくある。この芝居に登場する父親たちのカラオケ一八番は〈マイ・ウェイ〉である。「すべて心の決めたままに」。それはただのエゴイズムなのだろうか。

『ファーム』はラストに至り、ついには頭部を持たない人間を登場させる。耕地化した人間のなれの果てだ。その姿に絶望した逢連児は、死ぬ前に、生まれるはずだった弟の身体の一部を自らの体内に取り入れようとする。その儀式が、「生殖を前提としない性行為」であるところに、演劇人・松井周のマッドプロフェッサーぶりを見た。



(拙著『メモリースティック』所収)

続く、以下のテキストも拙著『メモリースティック』に収録されているものですが、もともとは雑誌「サンプル」vol.1に寄稿した原稿でした。同号には、私がコーディネートした女装をめぐる座談会(参加者:松井周、鈴木みのり、Koyuki Katie Hanano、井戸隆明、九龍ジョー/こちらも後に『メモリースティック』にも収録)も掲載され、そこではあまり他では語られない、松井さんの原体験なども語られています。機会ありましたらぜひ。

■トランスするサンプル

さまざまな境界をまたぐ劇団ではある。それにしてもサンプル作品から性をトランスする志向性を感じるようになったのはいつ頃からだろうか。

ひとくちに「トランスする」といっても、トランス・ジェンダー、トランス・セクシャル、クロス・ドレッシング、ドラァグ・クイーンなど形態はいろいろだし、性自認、性的指向も身体的特徴もそれぞれ違う。ゲイもレズビアンもあれば、フルタイムもパートタイムもある。それこそ人間の数だけ「n個の性」(ドゥルーズ=ガタリ)がある。

もともと舞台芸術にはテキストレベルでも上演レベルでも、古今東西を問わず、「男が女を装う」または「女が男を装う」という作品は数多く存在している。

いくつか理由は挙げられる。ジェンダーという社会的構築物とセクシャリティとの間にすでに「演じる」という要素は入っているわけで、たとえばそうしたジェンダー規範やシステムの目をかいくぐるために生まれた白拍子のような芸能は日本のみならず、世界中で見受けられる。また、神事と演劇の交わるポイントでは、両性具有による呪術的なパワーの獲得が目指されることもある。官能のポテンシャルを解放するために異性装が使われることもあるだろう。

サンプルから受けるトランス的な感覚の萌芽を探ってみれば、サンプル名義になる以前の2006年の公演『地下室』で「おしぼり」と名指されていた手コキシーンに突き当たる。去勢ともまた違う能動性と受動性のせめぎ合い。

その後の作品でも、俳優・古屋隆太がよく演じるマッチョな男性役に潜在する女性的な感性や、「太宰治」が女装によりニセモノの女神となり、またニジンスキーに憧れる男が自慰とともに両性具有の天使になるといった登場人物たちの転生に、歪で、豊穣な変態を何度も目撃した。

男女の恋愛だけがなぜ特別な扱いを受けるのか。その組み合わせでのみ人類が再生産されるからだとされる。つまりは出産可能であると。

しかし遺伝子技術の進化により、男女の性愛をベースにしない出産がカジュアルになったとき、人々はどんな社会を営むのだろうか。どんな姿に変態するのだろうか。サンプル作品のポストヒューマンな手触りは、未来の予感と動物の記憶を同時に招き寄せる。ジェンダーとセクシャリティが再編成される。すると太古から繰り返されてきた演劇のように、舞台上になにかが到来する。

とんでもないヘンタイ野郎かもしれない。でも、その変態から目が離せないのだ。

(拙著『メモリースティック』所収)

2017/05/14

世界がイ・ランを待っている、けどね



新代田環七フェスティバル」の一環で、新代田FEVERでイ・ランのライブがあるというので見てきた。実に4年ぶり。本当は昨年のツアーでも見る予定だったのに仕事で行けなくなってしまい涙を呑んでいたので、このタイミングで見ることができたのはありがたかった。

ここ日本でも大好評のセカンドアルバム『神様ごっこ』からも十分にその片鱗はうかがえたが、それにしても、以前とは見違えるような堂々たるパフォーマンス。そして、変わらぬユーモア! ああ、『神様ごっこ』リリースの際のおまけ冊子に寄稿したコラムにつけたタイトル、「世界がイ・ランを待っている、けどね」は伊達じゃなかった。やりよる、私。いや、イラン。

というわけで、おまけ冊子もリリース早々に捌けてしまったそうなので、以下に原稿を転載しておきます。

■世界がイ・ランを待っている、けどね
九龍ジョー

その店はソウルの新村駅から高級マンションと古い商店の立ち並ぶ緩やかな坂を少しくだったところ、途中で開発が投げ出されてしまったようななにもない空き地の一角にひっそりとあった。

名前は「カーリー・ソル」。店に入って数十秒で東京のインディバンド、ホライズン山下宅配便のCDが壁に立てかけてあるのを見つけた。ほかにも片想いの7インチやasunaのアルバムも。

日本語の堪能な店主のラフに、「日本の渋谷にこの店とそっくりな『なぎ食堂』っていうお店があるよ」と言うと、「ええ、小田さん(なぎ食堂店主)には大変お世話になってます」ときた。たしかによく見れば、店内には小田とエディターチーム・mapを組む福田教雄が編集するリトルマガジン、『Sweet Dreams』のバックナンバーもすべて揃っている。

中庭に見覚えがあった。エクスペリメンタルなフォークシンガー、イ・ランのミュージックビデオ「Propeller」のロケ場所だ。ローザスにも似た少女たちのコンテンポラリーなダンスが気になって、その映像は何度も見ていた。その場で、彼女のアルバム『ヨンヨンスン』を購入していると、ヘリコプター・レコーズ総帥のパク・ダハムがガールフレンドを連れてお茶をしにやってきた。さっきから店内には、東京のインディバンド・うつくしきひかりのCDが流れている。

初めてイ・ラン本人と会ったのは、それから帰国して、2ヵ月ぐらい経ってからのこと。ソウルのインディバンド・404と、ハウスミュージシャン・Yamagata Tweaksterが来日するのにあたり、彼女も一緒についてくるという。便乗して、四谷の知り合いのスナックで弾き語りライブをやってもらった。

昼下がりの時間帯、イ・ランの朴訥とした演奏は、荒木町の地下にあのカーリー・ソルの中庭みたいなしゃっきりした空気を運んできた。キム・イルドゥのカバーもよかったな。この日、ぼくは小さなデモに参加し、イ・ランの弾き語りを堪能し、夜は幡ヶ谷フォレストリミットで404とYamagata Tweaksterのライブを観た。手帳をめくってみる。2013年の6月30日だ。とてもよい日だった。

あれからイ・ランはどこでぼくらの友達、タッツと知り合ったのかな? タッツが働いてた阿佐ヶ谷Rojiに遊びに来ているのを、Ustreamで見たような気がする(すごい時代だ)。

それからしばらくして、ホライズン山下宅配便の黒岡まさひろが、Rojiで「新曲の部屋」というイベントを始めたので遊びに行った。どついたるねんのワトソンがゲストで、妙にガチな空気が緊張感ばかりをもたらす、アルコール抜きにはとても楽しめない即興での作曲イベント。めっぽう面白かった。でも、ほどなくして、イ・ランがソウルで「新曲の部屋」のオマージュ企画をやるらしいと聞いたときには、「まさか!」と思ったけどね。気づいたときには、黒岡がソウルに飛んでいた。

いや、そんなことを言ったら、こんどはイ・ランのアルバムの日本盤が福田のレーベル「Sweet Dreams Press」から出るというではないか。

リビングで彼女のニューアルバム『神様ごっこ』のサンプル盤を聴いていると、遠くから妻が「『GIRLS』観てるの?」と聞いてくる。意味がわからないかもしれないが、『GIRLS』はアメリカのテレビドラマで、毎回、劇中で良質なUSインディミュージックが流れるのだ。

たしかに、とひとり合点する。文学やポップカルチャーや毎日の気がかりを軽やかに結い上げるイ・ランのセンスは、レナ・ダナムに匹敵すると。世界がイ・ランを待っている! だけど、イ・ランは行きたいところに行くし、やりたいことをやるんだろうな。それがいいと思う。

(『神様ごっこ』初回特典冊子「イランのこと」所収)

ちなみに、イ・ランを含む韓国インディの現状を取材したルポルタージュが拙著『メモリースティック』に収録されていますので、興味のある方はぜひ。

2017/05/05

ダウンタウン以降の自覚

ゴールデンウィークまっただ中、今夜は新宿末廣亭の「五派で深夜」に足を運ぶ予定。
出演者は、春風亭ぴっかり、神田松之丞、三遊亭好吉、立川吉笑、桂三度。
当日券のみだ。きっとすごい行列になるだろう。

神田松之丞、立川吉笑、桂三度の3人は、ちょうど2年前のGWの夜に開催された「五派で深夜」にも出演している。

あの夜、末廣亭はいつかのCBGB(もちろん言い伝えでしか知らないけど)みたいだった。
興奮したぼくは、会がハネたあとの吉笑と歌舞伎町に流れ、逆水平チョップを交わし合い、さらに吉笑を見送ったあと、最後はタクシーに乗るつもりが区役所通りで爆睡。照りつける陽の光で目を覚ますと、カバンから何からすべてを失っており、おまけにクレジットカードも限度額ギリギリとなるン十万円まで引き出されていた(正確にはコンビニで商品券を購入されていた)。
それでも後悔はなかった。
あの夜、目撃したのは、至高の芸と呼ばれるたぐいのものではなかったが、でも間違いなく、これから何者かになる者たちの芸がゴツとぶつかり合う極上の殴り合いだった。

ほどなくして『文學界』から何か連載しませんかと誘ってもらったぼくは、「若き藝能者たち」というタイトルでエッセイ連載をはじめた。
その第一回の原稿が以下となる。

■「若き藝能者たち」連載第一回
ダウンタウン以降の自覚――立川吉笑


開場前から末広通りにはかなり長い行列ができていた。深夜寄席ではまれに見る光景ではあるが、普段よりも客層が若い。

若さはニオイにも現れていた。左右の様敷席には靴を脱いで上がるのだが、投げ出された足やスニーカーが臭うのだ。不快かといえばそうでもなく、蒸れた熱気により、立ち見までぎっしりと埋まった新宿末廣亭がライブハウスのようにさえ感じられる。

会の名は「五派で深夜」。通常の深夜寄席とちがうのは、普段は寄席に出ない立川流と円楽党の若手も出演するという点である。ゴールデンウィークまっ只中の五月一日、この夜の出演者は、立川流から立川吉笑、円楽党から三遊亭鳳笑、落語協会から初音家左吉、芸協から神田松之丞、さらに上方から元・世界のナベアツこと桂三度だった。

ダウンタウン以降の落語家として――いや、そもそも「ダウンタウン以降の藝能者である」という自己認識を持つ落語家がどれだけいるのかも怪しいところだが、少なくともその宿命を自覚的に背負い、現在のお笑いの革新性や実験性を認識した上で、落語をリブートさせようとしている吉笑が、三度との競演を意識しないわけがなく、どんな噺をぶつけてくるのかをまず見たかった。もう一人、講談の神田松之丞にも注目していた。少し前から、松之丞見るべしの声をよく聞く。そんな吉笑と松之丞を向こうに回して、三度がどんな高座を務めるのかも、もちろん気になるところだ。

ざわついた空気の中、一番手、座布団を自分で用意しての鳳笑が、今宵が会の動員記録を更新する客入りになったことを告げる。ネタは『猫と金魚』。なぜか鳳笑が引っ込んでから、高座にマイクがセッティングされる。どうも楽屋で混乱が起きているようだが、そんなハプニングもあいまってライブ感は加速する中、二番手で吉笑が登場した。

「やっばり寄席は、立川流と円楽党にはキビしいですねえ」

観客は爆笑。会場の歯車が噛み合い、ぎりぎりと回り出す音が聞こえた。

吉笑が掛けたネタは『舌打たず』。八っつあんがご隠居を訪ねる。

「どうも! いますか?」

「おや、八っつあんかい。まあ、お上がりよ」

古典落語の『道灌」と同じ導入だ。しかし、「いますか?」の前に「チッ」と短い舌打ちが入る。初見の客には聞き苦しいノイズに思えたかもしれない。ただ、この舌打ちが実は意図的なものであると分かるにつれ、舌打ちの量とともに、客席の笑いもドライブしていく。

一見、古典のように見せかけた擬古典の手法が効いている。『舌打たず』は「舌打ち」と「感情」の相関関係をめぐるロジカルなネタだが、設定を現代に置き換えたり、イマっぽいフレーズを挿入するような安易な新しさではなく、脈々と受け継がれてきた落語の内包する過激さを、あくまで古典風を装いながら、増幅させているのだ。

しかし、この日のテンポはいつも以上に速かった。以前、若手の人気お笑いコンビ・うしろシティのライブにゲスト出演した吉笑が、やはり『舌打たず』で若い女性中心のお笑いファンを掴む現場を目撃したことがある。あのときも、普段の落語がロックンロールだとすれば、パンクロックばりのテンポで、かつて九○年代に立川志らくが若者ファンを掴んだ『火陥太鼓』のジェットコースター感を思いだしたりもしたのだが、この夜の『舌打たず』はさらに速い。間もへったくれもない。ほとんどハードコアパンクだ。それでも客席を置き去りにはしない。ツーバスのような舌打ちが爆笑のうねりを生み出していく。

左吉の『町内の若い衆』を挟み、釈台を自ら運びながら登場した神田松之丞は、最前列の客をいじりながら神経質そうなところを見せたかと思いきや、緊張感を一気にほどき、落差で笑いをつくる。ちょっとの間の抜き差しだけで、自らの空間を起ち上げてしまう。

演目は『寬永宮本武藏伝 山田真龍軒』。二刀流と鎖ガマ、その息を呑む攻防。緩急のメリハリと、型の美しさ。講談とはストーリー・テリングの芸である、という当たり前の事実を確認しながら、でもそれをここまでクールにやってのける若手講談師は、初めてだ。松之丞を通して講談の未来を垣間見たような錯覚すらあった。

そして、桂三度が出てくる。じゃんけんに負けたことで、この出順になったのだという。やはり、「持って」いる。この流れでどんな噺をぶつけてくるのか。

『寿限無』だ。シビレた。

基本中の基本の前座噺だが、それゆえ聴かせる難しさもあるこのネタに、ミスチル風の節回しや、ビデオの早送りといった放送作家的な発想を加え、確実に客席を仕留めてみせる。

三度は吉笑の存在を知っていたという。フジの深夜番組で吉笑の大喜利回答を見て、その落語家離れした発想が気になっていたらしい。

談志が「伝統を現代に」と掲げたのが五○年前のこと。むしろいま、お笑いの最先端から落語へと触手が伸びている。今年、吉笑はある音楽フェスに開口一番として出演し、両国国技館で高座を務めたが、すでに昨年、千原ジュニアは同じ両国に三六○度回転する高座を設置し、新作落語を披露している。とはいえ、ジュニアの落語は、彼の生み出す見事なコントと比べてしまうと、伝統がまだ演出の制限となっているように見えてしまってはいたが。

座布団に座るからこその「自由」があるはずなのだ。伝統を現代に。ダウンタウン以降の落語家、吉笑はいま、そのことを改めて考えようとしている。

スタイルやジャンルや伝統が私たちを自由にする様を、若き藝能者たちを通じて、これから見ていこうと思う。

(初出:『文學界』2015年10月号)

では、末廣亭で会いましょう。

2017/01/01

北国の少女

丸一日を費やしても終わりの見えぬ何年かぶりの本棚整理をしながら横目でNHKとフジを同時視聴しつつ暮れゆく2016年。
私的MVPは堀田祐美子。ギャビ相手に絶対負ける、というか指一本触れるのすら難しいことがわかっていながらせめてものロープワーク(普段だってやらないのに!)を見せたのには泣けた、そして笑った。ありがとう堀田!

深夜2時を回ろうかという頃、ようやく本棚のメドがつき、近所のBAR〈驢馬駱駝〉の年越しパーティに。
料理はあらかた片付いてしまってるがまだ酒はある。
片隅でファミコンをやってる連中がいてこれまたモノ持ちいいなと思ったら、話題のファミコンミニだった。初めて見る若い女の子が「つっぱり大相撲」の相手をしてくれる。テクモ通信、略して「テク通」を愛読してやまなかったほどテクモっ子だった私は当然リアルタイムでやり込んだクチだが、このファミコン自体(正確にはファミコンそのものではないのだけど)触るのが初めてだという女の子に勝てない、どころか団体戦で先鋒に5人抜きされる有様。どうなってるんだ。
しかしファミコンミニ、コントローラーまで小さいのウケるな。普通に使いづらいって。

カウンターでいつもの面々と飲んでるとさっきの女の子もやってくる。
岩手から来て東京の大学で動物の研究をしているという彼女の2016年のベストオブ街は東中野なんだって。どこがそんなにいいの? なんて聞いているうちに夜も白みはじめてくる。

突然だけど、ディランの「Girl From the North Country」だったら、この犬神涼監督の日本語カバーがいちばん好きかもしれない。



いよいよ40になり記憶力もあやしいので、とくに酒場では積極的にメモをとる。メモといってもGoogle Keepに単語を打ち込んでおくだけ。
いつくかの単語の中に、あの女の子の名前らしきものがある。
戯れに検索してみれば、若いシンガーソングライターがヒットしたよ。歌ってる、なんて聞いてない。

驢馬駱駝の窓からはずいぶんと綺麗に富士山が見えた。
あけましておめでとう。

2016/05/09

劇場蘇生計画



えーえー、いまは2016年の5月です(放置しすぎで書かないと忘れる……)。

GWの連休中、ずっと家に籠もり、日本の近世以降に起こった大震災をまとめた書籍の編集仕上げをしていた。
なんでこのタイミング? とも思うが、ずいぶん前から決まっていたことだから仕方ない。結果的に本では、慶長三陸地震から、急遽、現在進行形の熊本地震までが取り上げられることとなった。
ともあれ、今回の熊本地震で被災された方々が、できるだけ早く、心穏やかに日常生活が送れるようになることを祈っている。

やはり日本列島は1995年以降、地震活性期に入ったと見たほうがよさそうだ。おそらくそう遠くない将来、南海トラフの地震津波は、来る(それは明日かもしれない)。

連休最終日には、熊本で被災して関東に避難してきている坂口恭平が旗振りして開催されたチャリティ・イベント「九州大震災復興ライブー劇場蘇生計画」に足を運んだ。3日間にわたって開催される中日、原宿Vacantでのライブ。
出演は坂口ファミリーと前野健太。
ここ最近の前野の弾き語りの素晴らしさについては言うまでもないが、坂口ファミリーの歌心にも改めて打たれたな。なんかデラニー&ボニー感があったよ。
熊本に生活を移した矢先に被災してしまった坂口の姪っ子メイちゃんも、元気そうでよかった。

イベントの売り上げはすべて、被災した熊本の橙書店早川倉庫に寄付されるという(一部はNAVAROにも)。
どちらも思い出深い場所だ。
なんせ橙書店は、今年の2月に行ったばかり。ブライトな最高の書店。併設されているカフェ、orangeでレモネードを飲みながら、店主の田尻久子さんともおしゃべりをした。
そもそも、坂口とつくった『家族の哲学』が熊日文学賞を受賞したので、その授賞式出席のための熊本旅行だった。夜は坂口ファミリーにこれまたいかしたフレンチ・レストランでご馳走になった。さらに深夜、高浜寛先生とも飲んで、ぼくと坂口はそれぞれバレンタインチョコまでもらってしまったのだった(必読→「高浜寛が語る「熊本地震 半径5mのリアル」」)。

早川倉庫については、拙著『メモリースティック』でも書いたが、いま読むとまた新たな意味を帯びてくるような原稿だったので、以下、そのまま転載しておきます。

■100回目の三月の5日間

「首都圏でやることもできました。でも、ぼくたちはそうせずに熊本でやったわけです。今日、公演を観ながら、そうしてよかったと思いました。初めてこの作品が、“日本”のことではなく“東京”というひとつのローカルを描いているんだということがわかったからです。つまり、東京という単なる地方の話なんだと。そうぼくには見えて、面白かった」

2011年12月9日から11日までの3日間、劇団チェルフィッチュは代表作『三月の5日間』の100回記念公演を熊本市の早川倉庫で行った。作・演出の岡田利規は、公演後に行われた記念パーティの挨拶で以上のような話をした。

「いいねえ。最近、オザケンも同じようなこと書いてなかったっけ?」隣りの席で聞いていた坂口恭平が、ぼくにささやく。言われてみればたしかにそうだ。11月29日付で小沢健二公式サイト「ひふみよ」にアップされた『東京の街が奏でる』と名付けられたコンサートの告知文には、こう書かれていた。

「『東京の街が奏でる』の“東京”は、首都としての東京ではなくて、ローカルな場所としての東京です。ローカルな場所というのは、東京から首都が移転して、大企業の本社が全部引っ越して、その後でも残る東京、みたいな意味です」

かつて「渋谷系」と呼ばれる音楽シーンの中心人物のひとりであった小沢健二と、2003年のイラク戦争開戦時に渋谷のラブホテルで五日間を過ごすカップルを『三月の5日間』で描いた岡田利規が、2011年に交錯する。もちろん両者ともに海外での活動を経験することで、東京を相対化する視点を持ち得たということもあるのだろう。

早川倉庫で観る『三月の5日間』は、浅草木馬館で観る大衆演劇のようでもあった。築130年の木造倉庫、親子連れ、温かい飲み物。俳優はひとりずつ観客の前に現れては、目の前でこれから起こることを説明するのだ。

「(これは)ミノベって男の話なんですけど――」

本来なら舞台に異化効果をもたらすはずのこんな台詞が、そのまま観客に配慮した単なる説明としてストレートに聞こえてくるから不思議だ。東京の渋谷という場所で、ぼくらはセックスをしたり、デモがあったりしたんですよ。それをいまから演じますね――。本当にただそれだけのことだ。

終演後、岡田の挨拶に続いて出されたべジ料理や地酒の美味いこと。100回記念で用意されたレモンとチョコレートのケーキに、100回の公演すべてに出演したという俳優・山懸太一が入刀する。岡田の息子・ヒビキくんと坂口の娘・アオちゃんがうれしそうにそれをほおばった。ヒビキくんによる今夜の『三月の5日間』評も聞けた。「いつもは分かりづらいんだけど、今日のはわりとよかったよ」

岡田が韓国から来ているコ・ジュヨンを紹介してくれた。彼女は舞台芸術における日本と韓国の新しい交流の可能性を探っているという。当然それは、熊本に移住したことで東京よりも近距離である隣国を意識するようになった岡田の関心とも重なってくる。

岡田利規と坂口恭平が公の場で初めて話をする機会を持ったのは、2011年2月。まだ10ヵ月しか経っていない。神奈川芸術劇場で上演されたチェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』のポストパフォーマンストークでのことだった。まさかそのときには、『三月の5日間』の100回記念公演が熊本で開催されることになろうとは、誰も予想していなかったはずだ。

未曾有の震災が起こり、深刻な原発事故がそれに続いた。東京に住んでいた坂口恭平は故郷である熊本に移住し、家族と暮らす部屋とは別に、月3万円で借りた古い木造一軒屋を「ゼロセンター」と名付け、避難者の受け入れを始めた。その呼びかけに最初に応じたのが岡田利規とその家族だった。岡田はその後、妻の強い意向もあり熊本への移住を決めた。

「定住と移住」は『ゾウガメのソニックライフ』のモチーフでもあった。「放射能からの避難として熊本に移住すること」は妥当な行動なのだろうか。答えの出ない問いだ。正解はない。それよりも重要なのは、岡田利規が熊本での100回記念公演によって、今後の活動の指針となるであろう現状認識をいち早くカタチにしてみせたことだ。

翌日、坂口の案内で、国指定重要文化財である八千代座を見学する。明治43年に建てられ、かつては芸術座の松井須磨子が「カチューシャの唄」を歌ったこともあるというこの古式ゆかしい劇場は、現在では定期的に坂東玉三郎の公演が開かれることでも知られている。八千代座2階席の欄干を掴みながら坂口が言う。

「ここでいつかチェルフィッチュに公演してもらえたらいいよね」

平山源泉で疲れを流し、夜は、昨夜の100回公演記念のあのケーキをつくったという女性ふたりがカウンターに入っているバー、PAVAOで飲んだ。そこに公演を終えたサンガツのメンバーや公演スタッフたちが合流してきたので、みなで連れだってゼロセンターへ移動した。

熊本のよさを味わえば味わうほど、ぼくは“東京という地方”のよさもこの手で見つけたくなった。

(拙著『メモリースティック』所収)

あと、『メモリースティック』に入れようと思って、最後の最後で外したこんな原稿もあったので、合わせてサルベージしておきます(ちなみに、エランド・プレスの創業一周年フェアで、前野健太と坂口恭平がお互いの曲をカバーしたCDがもれなくもらえるそうです)。

■親鸞じゃなくて前野健太だった

「悩み、不安、最高!!」

そもそも坂口恭平はこのライブの主催者だった。「建てない建築家」として注目され、3・11以降は「新政府総理」としても名を馳せる彼が、昨年12月よりワタリウム美術館で開催している『新政府展』の催しの一環として、前野健太にライブを要請したのだ。

場所は、坂口が美術館のすぐウラに開設した青山ゼロセンター。都会の一等地にある空き家を0円で入手して完全リノベーションした、『新政府展』の肝ともいえるシェルター兼ファクトリーだ。同じ場所で、前日には七尾旅人のライブも行われた。翌日には原田郁子のライブも予定されていた。当然、坂口自身、それらのライブを観客のだれよりも楽しむつもりだったにちがいない。しかし、坂口はこの日、ホテルの部屋でPCのモニター越しに観る羽目になった。それも口にタオルを詰め込んで。

実は、坂口は前日から陥った鬱のドン底にいたのだった。希死念慮にとりつかれ、ホテルの部屋の壁に何度もアタマを打ちつけていたら、隣りの部屋からフロントにクレームを出された。なので、今度はタオルを口に詰め込み、自分のクビを両手で締めた。目から涙が溢れてくる。それでも自分の事切れる姿を熊本に住む愛娘に見られることを思えば、少し離れた東京の片隅で事果ててしまったほうがよいと思った。

ぼくは仕事で見られなかったのだが、前日の七尾旅人のライブの際にも、すでに鬱に入り込んでいた坂口は、ライブの間じゅうずっと七尾のすぐ横のスペースに寝そべり、身じろぎもせず泣きながら演奏を聴いていたという。七尾のほうもノドのコンディションが万全ではなく、しかもすぐ横で主催者がぶっ倒れて泣いているという壮絶な状況。それでも、いや、それゆえというべきか、観客の心に残る素晴らしいライブになったという。

日付が変わって、この日の坂口は会場に来ることもままならなかった。心配したワタリウム美術館・館長の和多利浩一は、急遽、坂口の住む熊本から彼の妻、フーを呼び寄せた。彼女を乗せた飛行機が羽田に着くのは21時。前野健太がライブを開始した18時半の時点で、まだ坂口はホテルの部屋に一人でいた。

坂口と前野の関係を二人のファーストコンタクト(2009年6月、ぼくが企画した坂口と写真家・梅川良満とのトークライブに、前野が客としてやってきた)から知っているぼくは、和多利に依頼され急遽、ライブの司会とセッティングを引き受けることになった。

「これってユーストしたほうがいいんですか……ね?」

リハーサルで前野から相談された。あまりUSTREAMに乗り気ではない口ぶりだ。青山ゼロセンターでのライブはすべてUSTREAMで生中継することになっていた。それは坂口が自殺志願者のための「いのちの電話」を個人でやっていることとも繋がる。青山ゼロセンターは誰でも受け入れるシェルターとして開設されたが、そこまで足を運べない人もいる。むしろ物理的にも精神的にもにっちもさっちもいかなくなっている人間は、自宅から一歩も出られずにいる可能性のほうが高いだろう。そうした人のもとにも演奏を届けたい、というのが坂口の願いだった。そんな話を前野にしたら、即答で「じゃ、やりましょう」ときた。「坂口さんにも届くかもしれないですしね」なんて微笑みながら。

でも、まさか本当に届いていたとは。いや、正直に言うと、坂口が鬱で苦しんでいることは理解していたが、この時点では、死を覚悟するほどの絶望の淵にいるとは思っていなかった。とはいえ、躁状態のときは独立国家を起ち上げ、自ら総理(「躁理」と表記すべき、という話もある)を名乗ってしまうほどのテンションだ。そんな男が振り子のごとく鬱に転じたときの落ち込みは、たしかに相当なものだろう。

「もうダメだ」

坂口は、自らの両手でクビを締めながらすべてを諦めそうになった瞬間、ブチブチ途切れるUSTREAMから前野健太の歌声を聴いたという。

「悩み、不安、最高!!」

ある日、飲み屋のカウンターの隣りで、サラリーマン二人組の片方がずっとつぶやいていた。それが面白くて、歌にしてみたのだという。そんな歌に坂口は救われた。

「悩み、不安、最高!!」

ただそう繰り返すだけ。念仏みたいだ。

「悩み、不安、最高!!」

でも歌っているのは親鸞じゃなくて前野健太だし、その曲はまぎれもなくロックンロールだった。

(初出:『音楽と人』2013年3月号)

2015/10/15

New Chapter



仕事のギアチェンジを図るため、今年3月に5本あった連載をすべてストップしたのですが(わがままを聞いてくださった各媒体の方々に感謝泣)、ここにきて新しいペースが掴めてきたのと、タイミングよく依頼をもらったのもあって、新連載を2本、始めました。

1本は『文學界』で、伝統芸能についてのエッセイ連載。編集部がつけてくれたタイトルは「若き藝能者たち」です。
第1回となった10月号は落語の立川吉笑、今日ぐらいから並んでいる11月号では講談の神田松之丞のことを中心に書いてます。
いま『文學界』はカバーイラスト担当が元ceroの柳智之くんで、彼が毎号、島尾敏雄や開高健を描いてるのがなんともおもしろくって、その感じにも刺激を受けてます。
第3回はたぶんワンピース歌舞伎について書くことになるかと。

そしてもう1本は『EYESCREAM』で、こちらは小説連載。短篇の連作を重ねていくスタイルです。
いま売りの第1回は「ダクト清掃の男が『火花』を読んだ翌日、研修の新人が清掃中に事故で落下してヒヤッとしたけど、下がカントリーマァムの袋の山だったので助かった」みたいな話です。
編集部がつけてくれたタイトルは「東京小説」で、てっきり「(仮)」だと思ってたら、このままでいいでしょう、とのこと。でもやっぱり次号から変わるかもです。

あとニッポン放送制作のネットラジオ「Music Go Round」でパーソナリティをやっております。毎週火曜20時~22時まで、同じ内容がリピート放送されますので、タイミングあえばぜひ~。
今月は、新譜『世界各国の夜』も最高なビデオくんこと、VIDEOTAPEMUSICがゲストに来てくれてます!

2015/10/11

潮目の変わったキングオブコント

「キングオブコント2015」の生放送中ですが、1stステージ終了時点で、昨年予想した潮目の変化を感じたので、昨年大会(「キングオブコント2014」)についてのこの原稿をアップしておきます。

『シアターガイド』連載「“笑”劇場をゆく」特別編
「キングオブコント2014」

今年もやってきたコントの祭典「キングオブコント」。ファイナリストの枠が8組から10組に増え、ルールも変更になるなど、大きな転換点となった今回、各組のネタを通して浮かび上がった、現在のコントの潮流とは?

九龍 ここ数年の流れではあったけど、今年はいよいよ演劇的なネタが席捲したね。優勝したシソンヌの何がよかったかって、“芝居がうまい”ってことだから。ラーメン屋の店主と客の会話で展開する1本目も、二人がタクシー運転手と失恋した女の人に扮した2本目も、設定と演技がリアルであればあるほど面白い。
(巳) どちらも笑わせるためのオチではなく、短編ドラマの終わりという感じでした。
九龍 客が店を出て事故に遭うところを、舞台からはけたあとに音だけで表現するなんて、もはやチェーホフだよ(笑)。この連載ではああいう演劇に接近したコントに注目してきたけど、いよいよここまできたかと。チョコレートプラネットの1本目も上質なシチュエーション・コメディだったし。
(巳) ポテトチップスの袋を開ける業者と客のやりとりがおかしかったですよね。ありえないこととは分かっていながらも、器具とか、それを扱う手さばきとか、ディテールが豊かで、本当にそういう業者がいるんじゃないかと。
九龍 「(袋を見て)沼津工場だ」とか、言葉選びも絶妙だよね。業者の声のトーンも玄人はだしだったし。逆にここまで演劇的リアリティ重視のネタが増えてくると、バンビーノのネタが新鮮に映るね。
(巳) いろいろなダンスで動物をおびき寄せて狩りをするという、音と動きを重視したネタでした。
九龍 以前はそういうコントも多かったけど、今や異色だもんね。同じ意味で、準決勝で敗退した審査員席のほうに、パンサーや日本エレキテル連合といった旬でキャラクターの立った派手な人たちが座ってるという倒錯も興味深かったね。あと、演劇的リアリティが不足しているために、いまいち面白みが伝わらなかったのが、リンゴスター。
(巳) どういうことですか?
九龍 企業の情報を盗むスパイが、潜入先で社長まで昇進したネタだったけど、まず社長を演じた人が仕事ができる感じに見えない(笑)。演技力が足りないのもあるんだけど、もっと社長が言いそうなフレーズを並べたりしないと、説得力が生まれないんだよね。それこそチョコレートプラネットの「沼津工場」みたいな。そういう奥行きが出て初めて面白くなるネタだから。まだ20代半ばだから、これから磨かれていくんだろうけど。
(巳) ルールが変わったことも話題の一つでしたよね。これまでは全組が2本のネタを見せて、その合計得点を競ってましたが、今年は一騎打ちで勝ったほうが残るという方法でした。
九龍 総得点方式だと、前回のように採点基準が一度ブレると、その後の展開が荒れるから、これはこれでありだと思ったよ。しかもチョコレートプラネットが、宣言通りに一番のくじを引いて、最後まで勝ち進んでいったのにはグッときた。これぞ芸人力って感じで。
(巳) なるほど。また来年の展開が楽しみですね。
九龍 今回がこれほど演劇的だったから、来年はガラリとネタの雰囲気も変わるんじゃないかな。いずれにせよ、期待は高まるね。

(初出『シアターガイド』2015年1月号)